2020年10月1日木曜日

『大坪砂男全集/③私刑』大坪砂男

2013年6月10日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫  日下三蔵(編)
2013年5月発売



★★★★    輝ける時は短く



山村正夫は『わが懐旧的探偵作家論』で大坪砂男について、「後期になるほど破綻が目立ち始めた」と語る。サスペンス篇とカテゴライズされた第三巻。冒頭の「私刑」「夢路を辿る」(昭和24年)「花売娘」(昭和25年)あたりの初期作はさておき、それ以降の筆に徐々にどういう変化が起きているか? それを頭に置きながら読んでみた。

 

 

叙情的な小品「街かどの貞操」「初恋」犯人当て作品「ショウだけは続けろ!」米映画のノベライズもの「二十四時間の恐怖」「ヴェラクレス」等、本全集第一巻『立春大吉』収録作に比べると、プロットの奇妙さ・語り口の凝り様が随分落ち着いてしまった感はある。とはいえ卵の黄身が鍵となる旧家因縁もの「男井戸女井戸」は佳作で、横溝正史中絶作「病院横丁の首縊りの家」解決篇を完成できなかった大坪が改めて書き下ろした死婚ネタの「ある夢見術師の話」にも注目。

 

 

山村正夫が言うほど作が破綻しているとは思わないが、昭和26年には筆名を「沙男」に変え昭和28年には「砂男」にまた戻したり、この時期に何らかの迷いが生じているようにも映り、厳しく一語一文凝りまくる姿勢を貫けてはいない。なぜ彼が長篇を一作も書こうとしなかったのかも、いまひとつ私には見えてこない。初期の濃密さがまだ続いているならともかく、いくら頑固とはいえ、ノベライズものなんて手掛けるぐらいなら、長篇へのトライとてやってやれない事はなかったように感じるのだが。

 

 

戦後は探偵作家クラブの仕事に従事するため、自作の構想・執筆の時間を持てなかった探偵作家もいる。江戸川乱歩がその筆頭だが、大坪も余波を被った一人かもしれない。まして寡作の上、主戦場たる雑誌『宝石』の原稿料は安すぎるときている。そこから来る貧苦。趣味人に見えても実は心に脆さがあって、それが探偵作家クラブ幹事長期の経理不始末に繋がっていったのか。



(銀) 今回の大坪砂男全集は厚めの文庫が四冊も出て非常に厚遇な扱いだが、本当のところ高い評価を得ることのできる作品と言ったら短篇のごく一部しかないと自分は思っていて。ちょうど多過ぎない量の総作品数なんで復刊はやりやすかったろうが、逆にキャリアが長くて作品数が多い為に復刊してもらえない探偵作家が多いことをを配慮すれば、そんな作家達から怨まれそうなほどに没後の大坪の扱いは手厚い。都筑道夫のように再評価を後押しするような支持者がいれば、物事こうも違ってくるのダナ。