2008年9月発売
★ 初刊単行本のまま復刊しなけりゃ意味が無い
例えば横溝正史生誕100年の年とか、もっと早く再発されてよかったのだ。本書は竹中労『聞書アラカン一代』と肩を並べる聞書本の最高峰。横溝正史の人懐っこい関西弁がよく再現されており、後半の海外ミステリ談義では聞き手であるはずの小林信彦がつい熱く語ってしまう場面も。映画『犬神家の一族』同様、横溝孝子夫人が常に同伴されているのも可笑しい。ありし日の中村進治郎や渡辺温を語る正史は特に楽しそう。
初刊の単行本は貴重な横溝正史昭和40年の日記を収録していながら、最初の文庫化の折にその日記と文中のオリジナル図版が扉写真以外すべてカットされ、図版は別の写真数点へとグレード・ダウンしてしまった。『週刊文春』のコラム等で今回の復刊について小林信彦は一切コメントをしていない。復刊された本書の巻末にも「再発における追記」はなかった。小林は許可だけ出すだけで再発には一切タッチしていないのだろうか?
それから、些細な点でも角川書店編集部が勝手にテキストをいじっている箇所がある。
初刊単行本 116頁
「それにやっぱり色盲が使われてるわ。」
2008年改版文庫初版 171頁
「それにやっぱり色盲異常が使われてるわ。」
初刊単行本 128頁
「妊娠中に風疹にかかると片輪が生まれるって。」
2008年改版文庫初版190頁
「妊娠中に風疹にかかると障害をもつ子供が生まれる可能性があるって。」
たとえ意味合いは同じだったり当時と現代との認識の違いがあったとしても、こんな事をするのは筋違いな偽善。どうしてもそうしたいのなら本文はそのままにして、欄外にでも一言〝注意書き〟を入れておけばすむ話ではないか。同じ角川文庫の「金田一耕助ファイル」シリーズにおける解説もなくカバーもショボい杜撰な仕事といい、角川書店という会社はどこまでいっても信頼できぬ。
(銀) そして令和になり、再びこの本は現行での流通が無くなっている。
横溝正史の随筆・座談・書簡集といったものも一向に企画される気配は無い。
正史の日記が当時の文庫化の時から再録されなくなってしまったのは「プライベートな記述に差し障りがあるから」などと噂されてきたものだが、何度読んでもそれに該当しそうな箇所は正史の次女・瑠美氏の若かりし時の縁談話ぐらいしか思い当たらない。
あれから数十年経っても瑠美氏をはじめとする横溝家ご遺族の方々からしたら、残存する正史の日記が公開されるのはやはり避けたいことなのだろうか? 探偵小説研究においてまたとない資料なのだが・・・。