2023年7月3日月曜日

『不木・乱歩・私』岡戸武平

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名古屋豆本 㐧三十二集
1974年7月発売



★★★   豆本のボリュームではあまりに少量すぎて



大人の手のひらに収まりそうな大きさの、いわゆる豆本と呼ばれるアイテム。〈名古屋豆本〉を刊行していたのは中日新聞社系列の「名古屋タイムズ社」社長だった亀山巌。〈名古屋豆本〉は一冊三百部限定で制作され、亀山がひとりで発送作業を行い購読者へ郵送していたという。



〈名古屋豆本〉の書き手として、戦後故郷の愛知に定住し名古屋の名士になっていた岡戸武平に白羽の矢を立てたのは亀山からするとごく自然な成り行き。その岡戸が豆本の題材に選んだのは小酒井不木江戸川乱歩。もともと岡戸は名古屋新聞東京支局勤めで、大正九年に大阪時事新報社へ移る。そこに在籍していたのが平井太郎(=乱歩)。若い頃の岡戸は酒と女に散財、おまけに不摂生もたたって大喀血するのだから横溝正史と全く同じパターン。昔はこんな人、なにげに多かったんだろうな。

 

 

結核には勝てず全快するまで五年間療養所暮しを余儀なくされるが、不思議な縁から小酒井不木博士の著書『闘病術』(勿論これは探偵小説ではない)を共作するチャンスが巡ってくる。この本はよく売れて、印税5050とはいえ岡戸には良い収入になったに違いない。しかしその不木も昭和四年、急性肺炎で帰らぬ人に。不木の書生みたいな立場にあった岡戸は主人の葬儀を取り仕切らねばならず、ここでようやく乱歩と再会を果たすのである。

 

 

「あの男は見込みがある」と思われたのか、同昭和四年夏には博文館に招かれ、森下雨村や横溝正史のもとで働きつつ改造社版『小酒井不木全集』の編纂も手掛ける忙しさ。私は探偵小説界や博文館内部の秘話を沢山知りたいのに、好色な武平ときたら本書でも自分の浮気や小酒井不木に囲われていた疑惑がある女性のエピソードなど、本当は下世話なネタばかり語りたそう。なんにせよこの本、たった60頁弱ではあまりに薄すぎる。豆本ではなくどうして普通の単行本ぐらいのボリュームで戦前探偵文壇回顧を書いてくれなかったのか。いくら岡戸が手掛けているからって愛知の企業史なんか一生読まんわい。

 

 

 

(銀) 博文館の雑誌を読んでいると、細谷茂傳次という人が時代小説を書いているのをちょくちょくみかけるが、この作家が何者なのか詳細に書いてある文献には出会ったことがない。本書の中で岡戸は少しだけ細谷茂傳次にも言及していて、酒癖が悪く芸者買いが大好き、横溝正史は彼をヒイキにしていたそうだ。細谷みたいな、文壇史にその名が全く残っていない作家の情報を得るためにも『不木・乱歩・私』は『筆だこ』(探偵文壇とはちっとも関係ない岡戸の随筆集)ぐらいガッツリ枚数をとった本にしてほしかった。



■ 岡戸武平 関連記事 ■


『蠢く触手』江戸川乱歩  ★★  明智小五郎の使用許可  (☜)


春陽文庫『蠢く触手』を再調査すること  (☜)




2023年7月1日土曜日

『五つの箱の死』カーター・ディクスン/白須清美(訳)

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国書刊行会 <奇想天外の本棚>
2023年6月発売



★★★    新訳でも低評価に変わりは無し




犯罪捜査における鑑識学の祖ハンス・グロス曰く「もっとも優れたスリには体の一部に或る特徴が見られる」、と本書211ページにあります。スリの知り合いがいないからか、私は実際そんな人を一度も見たことがありません。或る特徴とは?それを知りたければ本書をお読み下さい。

現在リリースが続いている<奇想天外の本棚>シリーズ。監修者・山口雅也によれば【読書通人のための「都市伝説的」作品 ― 噂には聞くが、様々な理由で、通人でも読んでいる人が少ない作品、あるいは本邦未紹介作品の数々(中略)、ミステリの各サブ・ジャンル、SF、ホラーから普通文学、児童文学、戯曲に犯罪実話まで(中略)、奇想天外な話ならなんでも出す】、そんな方針だという。要するに戎光祥出版が以前やっていた<ミステリ珍本全集>のコンセプトを海外作品に求め、その範囲も、より節操なく広げたセレクションといったところか。ニッチな企画であるのを強調したいんだろうけど、やたら通(つう)向けを連呼するのは品が無い。

西田政治の訳で昭和30年代にポケミスとして刊行されたっきりだった本作。現代の訳だとどんな変化が見られるのか期待されたのだが、長年放置されていたのもむべなるかなと言わざるをえない感想に変わりはなかった。投資仲介人フェリックス・ヘイのフラットで、ヘイだけが背中から仕込み杖のような刃物で刺し殺され、ボニータ・シンクレア(美術評論家)/デニス・ブライストン卿(外科医)/バーナード・シューマン(イギリス=エジプト輸入商会経営者)の三人は蝋人形のような意識不明状態で発見される。この部屋に居た彼らはどのようにして何者に一服盛られたのか、その辺のトリックは悪くはない。

 

 

本作の主人公はジョン・サンダース医師だが、全編通して彼目線で話が進む訳ではなく、そうでない箇所も一部あり。この流れでは、そうしないと収まりがつかないのは察しが付く。とにかく上に挙げた五名、そしてブライストン卿の娘・マーシャ・ブライストン、これらを除く登場人物の絡め方が上手いとはいえず、全体を通して何が起きているのか読者に伝わりにくいきらいがある。ネタバレさせたくないので犯人に関して最低限のことしか言えないが、真相発覚に至っても衝撃を受けないし、謎と伏線以外にもドラマツルギーがどうも拙く、(初読の方など特に)読み終わっても満足感を得にくいと思う。

 

 

もしかすると本作で一番印象に残るのはH・Mの登場、つまり手押し車にわんさかフルーツを載せ坂道の真ん中を歩いているバスローブ姿のヘンリー・メリヴェール卿をハンフリー・マスターズ警部の運転する車があわや轢きそうになってしまうユルい爆笑シーンになってしまうのかもしれない。いくらカー・マニア中高年や評論家たちが本作に対しそれらしい持ち上げ方をしたって、つまらんものはつまらんのであった。

 

 

 

(銀) 褒めるべきポイントが少ない本作だけども新刊で読めるようになったのは良い事だし、創元推理文庫バンコラン・シリーズ和爾桃子訳みたいな不快感は無いと一応フォローしておく。例えばS・T・ジョシ『ジョン・ディクスン・カーの世界』だと〝実はメリヴェール作品は、かなり早い時期に、それも確実に下降を始めていた。〟と本作を挙げつつ、厳しい目で批評していた。さすがに私は〝下降〟とまでは言わないけれど、それまでのH・Mの事件に比べ読後の快感に浸るのが難しいのは否定できない。


 

 

   ヘンリー・メリヴェール卿事件簿 関連記事 ■

 

『黒死荘の殺人』カーター・ディクスン/南條竹則・高沢治(訳)

★★★★★  例えばHM全集とか、名探偵ごとに作品を集成したものが欲しい  (☜)

 

『白い僧院の殺人』カーター・ディクスン/高沢治(訳)

★★★★  〈白い僧院〉の見取図が付された新訳版  (☜)

 

『赤後家の殺人』カーター・ディクスン/宇野利泰(訳)

★★★★★  たったひとりでいると毒死する部屋の謎  (☜)

 

『孔雀の羽根』カーター・ディクスン/厚木淳(訳)

★★★★  他の作家ならともかく、カーゆえに厳しめの評価  (☜)

 

『九人と死で十人だ』カーター・ディクスン/駒月雅子(訳)

★★★★★  【戦時下サスペンス航海小説】の仮面を被った本格もの  (☜)

 

『貴婦人として死す』カーター・ディクスン/高沢治(訳)





2023年6月29日木曜日

『占領下の文壇作家と児童文学』根本正義

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高文堂出版社
2005年7月発売



★★★★   完全解明できそうもない書誌データを追った労作




 戦前の日本は空襲を受け刊行物があらかた灰燼と化し、敗戦直後の混乱期になると大人もの子供もの関係なく粗末な仙花紙本が濫造されたため未来に残す正確な出版記録など望むべくもなかった。だから昭和前期にはどんなジュヴナイル探偵小説本が出ていたのか、その全貌を100%完全に解明するのはまず不可能。せめて我々は残存する単行本や紙資料を基に実態を追い続けるしかない。本書は日本が米国の占領下にあった時代の少年少女小説単行本情報を可能な限り調査した一冊である。但し書影の数は限られており、ヴィジュアル面まで期待してはいけない。




▰ Ⅰ(第一章)は少年少女小説の単行本を出していた出版社を、版元ごとに代表作となるものをリストアップしながら見せてゆく。まずは九十社前後にも及ぶマイナー出版社の数々を、あいうえお順に掲載。探偵小説に関係した出版社となると、湘南書房/愛育社/まひる書房/新浪漫社浅田書店/労働文化社/ともだち社/むさし書房/PHP出版社/世界社/六桜社あたりが目に付く。

 

 

続けて偕成社/光文社/ポプラ社/東光出版社/宝文館/講談社/河出書房といった比較的大手な出版社の大衆児童文学作品を紹介。さすがに偕成社/光文社/ポプラ社は少年少女小説に強いので本のデータ数も多く、それらの本の概況も記されているから作品内容を簡単に掴みやすい。宝文館は昭和36年に倒産したので現代では殆ど知られていないが、昔は勢力があった会社。上記七社の中では最もジュヴナイル探偵小説と縁がない。

 

 

Ⅱ(第二章)は子供向け雑誌を取り上げ、『少年少女漫画と読物』『冒険活劇文庫』『冒険クラブ』『冒険少年』『少女世界』『世界少年』『東光少年』『少年時代』『少年少女譚海』『冒険ブック』『少女ロマンス』『まんがブック』にスポットを当てる。Ⅲ(第三章)は火野蘆平の少女小説論。Ⅳ(第四章)は「大衆児童文学の戦後史」と題し、総論というより適宜テーマを絞りこみ、昭和四十年代に少年少女雑誌が漫画雑誌に取って変わられるまでの流れを示す。

 

 

あとがきによると著者は〝本書は当初、三一書房の『少年小説大系』の「月報」に、昭和六十一年二月から平成三年六月まで、十一回連載した「大衆児童文学の戦後史」を、全面的に書き直して充実させたいという考えから出発している。〟と述懐。そして本書を書くにあたり、二上洋一蔵書も借用したそうだ。根本正義は日本の児童文学全体を研究している人だが、同じジャンルでも探偵小説に強い二上の協力には納得。根本は現在も健在な様子。二上は平成21年に亡くなっている。

 

 

 

(銀) 探偵小説の書誌に踏み込んだ本となると、森英俊とか実にウサン臭い輩が関わっていることが最近は多く、絶賛できるものがなかなか無い。本書にそういった古本ゴロの影が全くないのはとても気持ちがいい。90年代後半あたりからミステリの業界は二上洋一や根本正義みたいな真面目な人達を押しのけて探偵小説本を金儲けのネタにする古本ゴロどもがのさばり出し、図々しく研究者ヅラするようになってしまった。


 

盛林堂書房周辺の連中が売り捌いている、全く校閲をしておらずとても売り物とは思えない同人出版の新刊に対して何の批判もせず、「本が届いた。今日は良い日だ。」と喜ぶばかりの低能なユーザーが増えたのは、森英俊や喜国雅彦ら古本ゴロどもの重罪である。




■ 探偵小説評論 関連記事 ■


『探偵雑誌目次総覧』山前譲(編)

★★★★  探偵小説データベース (☜)



『探偵作家追跡』若狭邦男

★  この書痴にも怪しい面が・・・ (☜)



『探偵作家発見100』若狭邦男

★  サインを入れた自著をヤフオクで自ら売り捌いて (☜)



『少年少女昭和ミステリ美術館/表紙でみるジュニア・ミステリの世界』





『欧米推理小説翻訳史』長谷部史親

★★★★  蒐集欲をそそる旧カナ時代の翻訳ミステリ (☜)





2023年6月26日月曜日

『女性軌道』大下宇陀児

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盛林堂ミステリアス文庫
2023年6月発売



★★      これはキッツイ



この小説の中でザ・ピーナッツへの言及がある。あの二人が歌手デビューするのは昭和342月で時期的に矛盾してはいないけれど、一年も経っていない同年の暮頃、そんなに早々と彼女達の存在を大衆は認知していたのかな。それにパンパン。昭和34年にもなって、まだパンパンをやってる日本女性はホントにいたの?と疑問に思ったが、ネットで調べてみると、どうやらまだ棲息していたらしい。



『大阪新聞』に半年ちょい連載されながら単行本化・・・とはいえ『「新青年」趣味 ⅩⅦ』特集 大下宇陀児の「大下宇陀児著作目録」作成時には既に発掘されていたこの長篇。宇陀児が亡くなるのは昭和41年だが、なにせ本作の連載が始まった昭和34年11月以降、宇陀児の新作小説発表はほぼ無くなったと言ってよく、つまりこれは晩年の作品と呼んで差し支えない。そして一冊の本になって大変有難い反面、同時期に書き下ろされた長篇「悪人志願」の出来を考慮してみても過度の期待は禁物だろうな・・・そんな警戒心を抱きつつ『女性軌道』を読み始めた。

 

 

保健所に勤め、真面目で清純というか男性の免疫が全然無いウブな主人公・三船周子を中心に、戦後を生きる若者たちの青春群像を描いているだけで、探偵趣味の感触は全くしない。書かれた時代こそ違うものの、雰囲気としては大坂圭吉『村に医者あり』(=「ここに家郷あり」)に近い明朗さ。外人を相手に周子の友人・池辺紀子が販売しているレリーフ(押絵のようで羽子板のようなもの)には、善渡爾宗衛の売っているゴミ本同様のバッタもん臭が漂い、そこらへんから一悶着起きそうな気配こそしているわりには、折り返し地点まで読んでも何も起こらないので、ページを追いながらだんだん徒労感が増してゆく。

 

 

二人のアプレ青年(ひとりはオカマ)が犯罪を計画したり血腥い殺人事件に巻き込まれたりで、後半ようやくサスペンスの色合いが見えてくるけれど、それまでの流れがあまりにノンビリしていたため、探偵小説らしさを無理矢理挿入した風に映らなくもない。結局この物語は三船周子がどんな男性と結ばれるかが落としどころなので、だらしのないアプレ青年の不良性/或る男女の殺人、この部分が仮に存在せず全編当たり障りの無いエピソードに終始していたとしても、周子の行く末が成り立たなくなる訳ではない。それをどう受け取るか・・・。

 

 

宇陀児の名誉の為に言っておくが、本作における〝探偵小説らしい部分の唐突感〟というのは、年がら年中探偵小説を読んでいる人間(=私だ)の偏向した見方から受ける印象であって、最後まで読み終えた上でストーリーテリングのテクニックだけ取り上げるなら、木に竹を接ぐ不自然さや大きなキズと化すところまで行っていない。あちこちに拡げた設定を取りこぼすことなく全て回収しているあたり、老いてもさすがの腕前。

 

 

権田萬治は大下宇陀児論にて「ロマンチック・リアリズムとは巨視的な社会的視野に立つものではなくて、むしろ庶民意識に根ざすもの」だと述べた。その意味で言えば本作をロマンチック・リアリズムの形容の中に包んでしまうことは間違いではない。だが本書解説で沢田安史の述べるまま、何も考えず「女性軌道」をミステリ長篇と捉えてしまっていいのかな?この点に関してはもっと踏み込んだ議論があってしかるべきじゃなかろうか。

 

 

 

(銀) 仮に探偵小説的な内容でなくとも、小栗虫太郎「亜細亜の旗」や横溝正史「雪割草」のようになにがしかの緊張感があれば十分楽しめただろうが・・・。なるべく後ろ向きな感想にはしないつもりだったけれども、良いか悪いか好きか嫌いかと問われれば明朗小説がお呼びでない私にはキビしい作品である。本音を申せば★1つでもいいほど。ただやっぱり腐っても大下宇陀児だし、初めての単行本化を喜ぶ気持ちは勿論あるので★もう一個おまけ。

 

 

盛林堂御用達のYOUCHANという人が描いた本書カバー絵だが、池辺紀子は貞操も商売道具だと割り切る女なので金には困っていないキャラだからいいけど、他の女性たち(オカマの栗林君も含む)はみな地味もしくはビンボーゆえ、服装髪型ともこんなモードなファッションでいられる筈がない。時代考証/作品内容考証は正確に。 

 


 

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『大下宇陀児探偵小説選


 



『大下宇陀児探偵小説選


 



 


 


★★★★★   大・下・宇・陀・児 祭 り (☜) 

 



★★★    壮大な凡作 (☜)





2023年6月23日金曜日

『リュウの道』(全八巻)石森章太郎

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講談社コミックス
1970年10月発売(第一巻)




★★★    神と人類




1968年、「2001年宇宙の旅」公開。その翌年にはアポロ11号月面着陸。宇宙/UFO/超能力/世界の魔境/ノストラダムスの大予言・・・核の脅威に世界が脅え、1970年代に入るとなお一層オカルトで非現実なものに若者が熱狂した時代。漫画の世界では手塚治虫「火の鳥/黎明編」が1967年にスタートしている。カオスな時流の中で「リュウの道」は1969年、子供向けTVアニメタイアップ無しのガチSF作品として『週刊少年マガジン』に発表された。本日紹介しているのは初刊本講談社コミックス全八巻。現在に至るまで再発回数が少ないのもあってか、過去の単行本のうちカバー表1(=オモテ表紙のこと)のデザインはダントツでこの講談社コミックス版が優れている。

 

 

【プロローグ】

シリウス第五惑星へ向け旅立つ日本初の恒星間旅行船フジ一号に単身無断潜入した柴田リュウ。船内で気を失っていたリュウを乗員が発見したのは地球を出発して三日後だったため、再び地球に戻ってくる四十年後まで彼は冷凍睡眠筒(コールド・スリープ・カプセル)の中に入れられ、長い長い眠りについていた。

 

リュウが目を覚ました時、フジ一号はある星に無事着陸していたが、既に全員死亡していた乗員達が書き残した航海日誌を読むかぎり、フジ一号は地球へ帰るよう自動操縦装置がセットされていたこと以外何もわからない。宇宙船の外へ降り立ったリュウはそこが自分の記憶とは全く変わってしまった地球(=日本)だと悟るが、原生林より双頭のヒョウ/猿人/異臭を放つ食肉植物が姿を現わし彼に襲いかかる。

 

 

グッとくるのはなんといっても重厚に描き込まれた背景画。『少年マガジン』黄金期に連載されていただけあって、今オトナが読んでも全然チャチではない。リュウがマリア(美少女)/ジム(マリアの弟)/ペキ(リュウに助けられた猿人)/アイザック(大量生産ロボットの一体)/一つ目小僧・ムツンバイ(奇形ミュータント)/ゴッド(事故に遭ったため自らをサイボーグに改造した老人)/コンドル(額に第三の目を持つミュータント)と出会ってゆき、謎の支配者に辿り着くまでの第一部(講談社コミックスでいうと第五巻まで)は☆5つ進呈したってかまわないくらいの面白さ。

 

 

ところが第二部へ突入して、イルカが人間批判したり日本の開国に反対する浪人が出てきたり、リュウとコンドルがニッポン島へ乗り込むあたりも公害問題を持ち出したはいいが、うまくエンターテイメント昇華できていないところに疑問が残る。しかも、最終局面を迎えて神と人類に対する言及が観念的になり過ぎ、広げた大風呂敷をキレイに納められなくて、カタルシスを得られないまま物語が終わってしまう。それがなんとも惜しくてならない。人類の未来を背負う運命を自覚する主人公だが、もしかするとゴッドやコンドルらと比べてリュウが一番キャラ立ちが弱くなってしまったような・・・気のせいだろうか?第二部なり結末に満足していれば、そうは思わなかったのかもしれないが。

 

 

私の手元にある講談社コミックス版『リュウの道』は全巻すべて初版ではなく昭和50年代の再刷だから絶対大丈夫だと断言はできないが、年代的にこの初刊本はギリギリ言葉狩りを免れているのではないか。講談社コミックスよりも後に再発された単行本でこれから「リュウの道」を全編お読みになられる際、

〝なんて気ちがいじみた世界〟

〝気がくるいそうだっ〟

〝人間の住んでいる部落〟

〝地球発狂論〟

〝生まれそこないかたわ者〟

〝小僧は・・・・おしじゃねえのか?〟

これらの語句がもし見当たらなかったら、その本は自主規制で歪められた言葉狩りの欠陥本だと思って頂いてよろしい。

 

 

 

(銀) 神と人類・・・・それは「火の鳥」や「デビルマン」でも見られた素材。対象が壮大なだけに、うまくエンディングを着地できればその漫画は傑作として持て囃されるけれど、見通しを誤ってしまうと折角そこまでよくできていても台無し。「サイボーグ009」にしたって地下帝国ヨミ編で完結しとけばよかったのに、そのあと未練がましく続けたあげく作品の価値を薄めてしまった。日本の漫画業界は雑誌連載が基本システムだから、いつの時でも続きものの長篇だとややこしい内部事情が漫画家サイドには発生するんだろうなあ。「デビルマン」の場合はアニメが終了するから『マガジン』の連載を早く終わらせろって編集部が永井豪に強要した結果、ああいうエンディングになり皆凄い凄いと絶賛するけれど、たまたま運が良かっただけの偶然の産物にすぎない。




2023年6月20日火曜日

『陰獸トリステサ』橘外男

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文潮社
1948年11月発売



★★★★    跛の不具者の苦悩

 

 

トリステサ(悲哀)とは犬の名前。本作は〝人獣同士のまぐわい〟がメイン・テーマだと云われがちである。しかしながら犬畜生のトリステサは自らの意志で、情欲に狂った人間のレイピストのようにドローレス・メツサリイノの身体を貪るのではない。彼は金と名誉に取り憑かれた愚かなるマダムを陥れるべく、ある不穏な人物の手でそういう性質に仕立てられており、ウーマナイザー同然の性的道具にされてしまったこの犬も、また被害者なのだ。この物語の最大のevilは、高慢ちきで人を人とも思っていないドローレス・メツサリイノ夫人だろうな。



主人公のロドリゲス・アレサンドロは少年時代から成人して銀行頭取になるまで常に裕福な環境にありながら、跛の不具者であるがゆえ唯一の理解者だと信じ切っていた友達のフロールにまで実は侮蔑されていた昔のトラウマが付き纏っている。こういうのは現実世界でもよくある事で、子供ってどんなに家が金持ちでも(例えばイジメとか)対人関係で心に傷を負わされると、その悪夢をのちのちずっと引き摺るケースは多い。

 

 

そんなロドリゲスの心の闇というか卑屈さにつけこんで、ドローレスが好き放題やりまくる前半に一息つける場面は皆無、救いがない。だが「青白き裸女群像」でもそうだったように、全てを悟ったロドリゲスが天誅を加えんと反撃に出る後半の展開は前半と対照的で、この強力なコントラストがあるからこそ橘外男作品はどんな気色悪い題材であっても読者を捉えて離さない。ありきたりのハッピーエンドには決してならないのもいいし。

そして「青白き裸女群像」しかり、「陰獣トリステサ」にも同じ方向性で書かれた別の橘作品が存在する。それは過去に取り上げた橘外男の本の中に入っているので、これまでupしてきた彼の関連記事のリンクを張っておくから是非探してみてほしい。



本書にはもう一作、短篇「スカヴアンゲルの一夜」を収録。第二次大戦末期の話で、ノルウェーに侵攻してきたナチスが村の女を輪姦、戦争によって人の心を失った軍人の冷血ぶりを被害者側から描いたもの。

 

 

 

(銀) 〝人獣同士のまぐわい〟・・・文中ではどんなまぐわい方をしているのか具体的な描写は無い。上記でウーマナイザー云々と書いたが、実際トリステサのはドローレスのされているのか、それともトリステサがでドローレスのしているだけなのか、気になるところではある。(あつかましい私でも、さすがにこれは伏字にせざるをえませんな)



思うに「陰獣トリステサ」は〝ケダモノに蹂躙される美女の災厄〟というより、黒岩涙香/江戸川乱歩「白髪鬼」の(いやマリー・コレリ「ヴェンデッタ」の、かな)〝悪女に陥れられた男の怨念〟のほうが、物語の成分の多くを占めている気がする。また単に、ロドリゲスの女の選球眼が悪すぎという見方もできなくもない。


 

 

   橘外男 関連記事 ■
 


『私は呪われている』

★★★★★   忌まわしき少女猟奇小説「双面の舞姫」 (☜)

 


『燃える地平線』

★★★★★   怪人・橘外男の語り口に酔いしれる (☜)

 


『予は如何にして文士となりしか』

★★★★★   探偵作家として括りきれない型破りな個性 (☜)

 


『皇帝溥儀/墓碑銘』

★★★★★   版元から三冊すべて購入すると先着で特典冊子『墓碑銘』が進呈 (☜)

 


『青白き裸女群像』

★★★★★   悪趣味なエログロばかりが本作の売りじゃない (☜)

 


『橘外男日本怪談集 蒲団』

★★★★   線香を焚きながら読みたい (☜)

 


『橘外男海外伝奇集 人を呼ぶ湖』






2023年6月17日土曜日

『肌色の街』森田雄蔵

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光風社書店
1970年10月発売



     陥  穽

 

 

テキストの入力がムチャクチャな同人出版の新刊を毎回買って喜んでいるアホ丸出しの自称ミステリ・オタよりまだいくらかマシな例ですが・・・。

どんな内容か知りもしない古書を見つけたはいいけれど、自分の脳センサーが「こりゃ買ってもヤバイぞ」と伝えていて、それなら大人しくやめておけばいいのに、ミステリっぽいワードが散見されるから、ついつい欲が勝って購入。いざ読んだらとんだ落し穴に嵌まっていた・・・そんなオマヌケ話を一席。



『あたしが殺したのです』の時は森田雄三、本書『肌色の街』は森田雄蔵として発表。ちなみに生前の彼は日本推理作家協会メンバーでもあった。

 

 

何年前だったか失念してしまったが、古書店に立ち寄った際、たまたま出くわしたこの本。一応『あたしが殺したのです』を書いた人の作品だし、なんとなく手に取ってみた(その時の光景はなぜかしっかり覚えている)。目次を開けば「ああ麝香臭の女よ」「火葬場はデラックス」とあって、長篇だけどシリアスな内容じゃないのは確か。文章にしても〝キマリというのは、お泊りのことです。身体を張って獲得した代償の金額を意味します。〟などと書かれておりコレジャナイ感がプンプン漂ってくる。だが生憎その日は他に買いたい本が全然見つからず・・・。

 

 

しつこくページをめくってゆくと〝自殺か他殺か判らない〟〝蝶々とボクの肉体関係は誰も知らないはず〟〝推理の根底となる証拠〟〝開けっぴろげの家だから、密室ではないと設定もしがたい〟〝染香には、蝶々を殺害する動機がないものでしょうか〟そんな断片が目に飛び込んでくるではないか。これはもしかして艶笑ミステリなのか?島久平や宮本幹也にだってその手の作品がある・・・とりあえず買って読んでみるか。そんな思いが脳センサーの警告を遮ってしまって、結局レジに持ってゆき会計を済ませた私だった。

 

 

さて、後日この本を読んでみると・・・人のいい料亭の男主人が禁を破って身近な芸者と懇ろになってしまうも、その女がガス中毒で死んでしまい、自殺か他殺か謎めく要素こそ終盤まで引っ張るわりには、なんてこたぁない全編のんびりとした只の花柳小説。森田雄蔵は雑誌『愛苑』に「現代 芸妓風俗史」なんて連載もしていて、そっち方面のほうが御執心だったのか。だったら〝推理〟とか〝探偵〟とか〝密室〟なんてワードを無闇に使わんといてほしいわ。

下町風情豊かな芸者の世界だったり、ちっとも煽情的でない明朗ミステリが好きな人なら楽しめるかもしれませんが、私にとっては風俗ミステリと受け取ることもできず、稀に見る大ハズレでありました。その日の収穫が何も無いからといって、自分に必要の無い本をセコく買ってしまうのは品性あるオトナのする事ではありませんね。

 

 

 

(銀) 巻末に載っている(本書の版元)光風社書店広告ページには川上宗薫の著書がズラリ。要するにそういう事なのだろう。もっともその後には柴田錬三郎/中田耕治/高橋泰邦らの本も載っているが。 

 

 

   森田雄蔵 関連記事 ■ 


『あたしが殺したのです』森田雄三  ★  比類なきつまらなさ  (☜)