大日本帝国の有事に必要な発明の泰斗である科学者・桃井壽太郎博士が〈空魔団〉と名乗る秘密結社に誘拐されてしまった。桃井博士の娘・春子の友人で東京日日新聞社(!)に勤務する東英一少年は古賀猛青年の話から〈空魔団〉のアジト・空魔鉄塔が蒙古とロシアの国境に近い大山脈にある事を知り、三十名の探検隊が結成され博士を救出すべく彼らは大陸へ向かう。
昭和12年は日本と中国の対立が支那事変へと発展した年で、盧溝橋事件勃発一ヶ月後の連載開始だからなのか探偵趣味は非常に薄い。こうなると大人ものでセンシティヴに人間の心理を掘り下げるのが得意な大下宇陀児の良さは発揮しづらく、ティピカルな軍国冒険物語として仕事をこなしている。(初刊本には裏表紙に小さく〈科学冒険小説〉という角書きがある)
探検隊一行が日本を出発する際に二重橋前で皇居に敬礼したり、敵地で隊員が絶命する時やエンディングでは「天皇陛下ばんざあい!」と叫んだり、なんだかもう将来の戦争出兵を読書という娯楽の形で、子供達にシミュレーションさせているとしか思えんですな。
以下「空魔鉄塔」の結末について少し触れる。ミステリほどではないにしろ、ネタバレが嫌な方はここから四行分は読み飛ばして頂きたい。で、本書に収められた初出テキストと春陽堂の初刊テキストの違いだが、中盤あたりまで大きな改稿は無いように思える。しかし終盤、本書の初出テキストは探検隊と合流した古賀勇が捨て石となり討死して完結するのだが、春陽堂の初刊テキストだと古賀勇が王妃殿下との因縁や蒙古の地下にある黄金の大宝庫について説明をするシーンが書き足されており、最終的に彼は討死しない。
そして本書『空魔鉄塔』、春陽堂書店版『空魔鉄塔』共に短篇を併録しているが、下記のとおり今回は「金色のレッテル」を除くと別の異なる作品が入っているし、「ペンネーム本名の由来」「私のペンネーム」という、それぞれ 一頁分の宇陀児エッセイもあり。
★ 本 書 ★ 春陽堂書店版
「金色のレッテル」 「かへらぬ京子」
「黒星館の怪老人」 「ダイヤの行方」
「消える少女」 「金色のレッテル」
「奇怪な土産」 「霧の夜の冒険」
「六人の眠人形」 「雪の夜の秘密」
「怪盗乱舞」 「蝶々を追った話」
「十字架の行方」