今日の記事で橘外男作品に登場する地名というのは、事実であれ、でたらめであれ、全て20世紀前半のものだから、その辺はしっかり踏まえた上で誤解のないよう。
「令嬢エミーラの日記」
八つ裂きにされた年若い婦人の屍のそばに落ちていた血まみれの日記帳。国境調査隊がそれらを発見したのは、獅子・虎・毒蛇・豹以上に現地の土人達が恐れる類人猿(ゴリラ)の森。舞台となる阿弗利加大陸アンゴラの位置はこちら(以下、地図はクリック拡大して見よ)。
「鬼畜の作家の告白書」
作家セザレ・ダミアニは四十六歳にして成功こそ収めているけれど、容貌が醜いだけでなく軽度の傴僂。ずっと憧れていた絶世の美女アリシアが夫の死によって独り身になり、苦心の末にダミアニは彼女から結婚の承諾を得る事に成功する。しかし・・・。どう見たって鬼畜はアリシアのほうだろ。舞台となるブエノスアイレスの位置はこちら。
「聖コルソ島復讐奇譚」
本書の中ではこれが一番好き。もっとも読み終わってイヤ~な後味が残るのも突出して本作なのだが。
ヨネス・ヘルマノス教授の娘ヴェルデは語り手である〝私〟の恋人。ヴェルデの兄マリオは女中として雇われている十七歳の少女マルガリタに恋焦がれている。マルガリタの実家がある聖コルソ島はヴェネズエラ人なら誰もが忌み嫌う残忍な民の住む地で、教授はマリオにマルガリタとの仲をスッパリ諦めさせようとしたが・・・。
Google Mapで聖コルソ島らしき島は見つからん。作中にはマラカイボ港とハッキリ明記されており、この小島は現在でいうところのマラカイボ湖上にあると思われるけれど・・・。ある程度は真実でも、それ以外は橘外男のでっち上げ?マラカイボの位置はこちら。
「マトモッソ渓谷」
パラグアイとボリビアが係争する紛糾地帯グランチャコ。その奥地に砂金成金を夢見て足を踏み入れた、アルゼンチンからやってきた青年鉱山技師一行。這う這うの体で彼らが発見した、人の住んでいそうな洞穴。その中で見たものは・・・?マトモッソ渓谷とやらも本当に実在したのか疑わしい。グランチャコ地方の位置はこちら。
「ムズターグ山」
北緯三十七度から三十八度九分、東経七十七度六分から七十九度にかかる一帯。太古より、人跡未踏のムズターグ山は魔物ウニ・ウスが住むという言い伝えがある。それを無視してやってきた探検隊を襲う謎の影。ネットでムズターグアタ(現代のキルギスの南で、タジキスタンの東)がヒットするから、これは満更ウソでもないみたいだ。ムズターグアタの位置はこちら。
「殺人鬼と刑事」
むごたらしい犯罪実話的な内容。スウェーデンが舞台だが秘境ものではないし、もう面倒くさいから、これと次は地図省略。
「雪原に旅する男」
こちらも獣人や秘境は描かれておらず、一種哀切を感じさせるようなアラスカの物語。
「人を呼ぶ湖」
少女小説ながら〝荘厳さ〟さえ漂うストーリー。『池の水ぜんぶ抜く大作戦』みたいな手段で、人は湖底の神秘を暴き立てる。タイトルにあるベルサ湖というのは東チロルのカルニオラ地方にあると書かれているが、これもGoogle Mapでそれらしき湖を見つけられないため作者の法螺っぽい。
高橋鐵の幻奇小説が「ミステリ珍本全集」に収められた際「もっと下世話なハッタリをかませばよかったのに」と私は感想を述べた。橘外男の場合だとやりすぎの感無きにしも非ずとはいえ、ここまでハッタリをかませられなかったがゆえ高橋鐵は橘に大きく水をあけられてしまった。
(銀) 橘外男のこの手の作品をある程度読み進めていくと、本来エグい筈なのになぜか笑ってしまう。それはあたかもドリフのコントとか戦前だったら高勢実乗の名台詞「アノネおっさん、わしゃかなわんよ!」しかり、来るぞ来るぞと待っていれば必ずキメてくれる芸風にも似て。
満点にしなかったのは前回の『橘外男日本怪談集 蒲団』と同じ理由。