2023年6月20日火曜日

『陰獸トリステサ』橘外男

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文潮社
1948年11月発売



★★★★    跛の不具者の苦悩

 

 

トリステサ(悲哀)とは犬の名前。本作は〝人獣同士のまぐわい〟がメイン・テーマだと云われがちである。しかしながら犬畜生のトリステサは自らの意志で、情欲に狂った人間のレイピストのようにドローレス・メツサリイノの身体を貪るのではない。彼は金と名誉に取り憑かれた愚かなるマダムを陥れるべく、ある不穏な人物の手でそういう性質に仕立てられており、ウーマナイザー同然の性的道具にされてしまったこの犬も、また被害者なのだ。この物語の最大のevilは、高慢ちきで人を人とも思っていないドローレス・メツサリイノ夫人だろうな。



主人公のロドリゲス・アレサンドロは少年時代から成人して銀行頭取になるまで常に裕福な環境にありながら、跛の不具者であるがゆえ唯一の理解者だと信じ切っていた友達のフロールにまで実は侮蔑されていた昔のトラウマが付き纏っている。こういうのは現実世界でもよくある事で、子供ってどんなに家が金持ちでも(例えばイジメとか)対人関係で心に傷を負わされると、その悪夢をのちのちずっと引き摺るケースは多い。

 

 

そんなロドリゲスの心の闇というか卑屈さにつけこんで、ドローレスが好き放題やりまくる前半に一息つける場面は皆無、救いがない。だが「青白き裸女群像」でもそうだったように、全てを悟ったロドリゲスが天誅を加えんと反撃に出る後半の展開は前半と対照的で、この強力なコントラストがあるからこそ橘外男作品はどんな気色悪い題材であっても読者を捉えて離さない。ありきたりのハッピーエンドには決してならないのもいいし。

そして「青白き裸女群像」しかり、「陰獣トリステサ」にも同じ方向性で書かれた別の橘作品が存在する。それは過去に取り上げた橘外男の本の中に入っているので、これまでupしてきた彼の関連記事のリンクを張っておくから是非探してみてほしい。



本書にはもう一作、短篇「スカヴアンゲルの一夜」を収録。第二次大戦末期の話で、ノルウェーに侵攻してきたナチスが村の女を輪姦、戦争によって人の心を失った軍人の冷血ぶりを被害者側から描いたもの。

 

 

 

(銀) 〝人獣同士のまぐわい〟・・・文中ではどんなまぐわい方をしているのか具体的な描写は無い。上記でウーマナイザー云々と書いたが、実際トリステサの●●●はドローレスの●●●に●●されているのか、それともトリステサが●でドローレスの●●●を●●●●しているだけなのか、気になるところではある。(あつかましい私でも、さすがにこれは伏字にせざるをえませんな)



思うに「陰獣トリステサ」は〝ケダモノに蹂躙される美女の災厄〟というより、黒岩涙香/江戸川乱歩「白髪鬼」の(いやマリー・コレリ「ヴェンデッタ」の、かな)〝悪女に陥れられた男の怨念〟のほうが、物語の成分の多くを占めている気がする。また単に、ロドリゲスの女の選球眼が悪すぎという見方もできなくもない。


 

 

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