2020年8月17日月曜日

『赤後家の殺人』カーター・ディクスン/宇野利泰(訳)

NEW !

創元推理文庫
1960年1月発売



★★★★★  たったひとりでいると毒死する部屋の謎




命にかかわるような危険な毒薬にも普通の人が知らないような特性を持つものがあります。我々が医者から処方される薬にもそれぞれ摂取の仕方があるように、毒薬を殺人に用いる場合にも、事前に使用上の注意を踏まえていれば優れた効果が得られるのです・・・。

実業家アラン・マントリング卿の住む邸には〈後家部屋〉と呼ばれるあかずの間がある。複数の人数なら問題は無いのに、その部屋にひとりでいると毒死して命を落とした先祖が何人もおり、今日に至るまでそのカラクリを知る者は誰もいない。とある春の晩、トランプ・カードを引いて選ばれた者ひとりがこの部屋で肝試しをするというゲームが発案され、マントリング家の人々にヘンリ・メリヴェール卿を含むゲストを加えた顔ぶれの中で、肝試しの役に当たったのはアランの妹ジュディスと婚約しているアーノルド博士の友人ラルフ・ベンダー。


 

〈後家部屋〉にひとり閉じこもって二時間過ごすというルールで10時にゲーム開始。他の面々は廊下を隔てた食堂におり15分ごとに声をかけつつ、離れた部屋の中にいるベンダーからの返事を聞いて無事を確認していた。ところがゲーム終了の12時を迎えても〈後家部屋〉から出てこないベンダーに不安を覚えた一同が扉を開けて中に入ってみると、なんと彼は一時間も前に絶命していたではないか。では〈後家部屋〉の中から返事をしていたのは・・・?


                              

 

代々伝わる恐ろしい謂れに巻き込まれるフォーマットは二年前に書かれたフェル博士もの『妖女の隠れ家』に準じている。本作は『弓弦城殺人事件』後日譚に該当するエピソードで、犯罪学者ジョン・ゴーントと共に活躍したマイクル・テアレン博士が再び登場。そして会話の中で修道院殺人事件(『白い僧院の殺人』)に触れられていることからも、この辺の作中の時間軸は発表順とシンクロしている。


 

また、H・M達があの部屋でなぜ人が死ぬのか議論しているシーンで言及される《カリオストロの箱》事件といい、H・Mが過去に手こずった捜査の一例としてハンフリイ・マスターズ警部が挙げている《ロイヤル・スカーレット》事件といい、いわゆる〝書かれざる事件〟が紹介されているのも小ネタとして注目。


 

『赤後家の殺人』はいくつかの謎の解凍がひとつの行きつく結論に収束しきれていないのでは?という点で疑問視される傾向にある。最初のうちは〈後家部屋〉の恐怖が主題だったところを、後半になって或る人物と或る人物のもつれによる思惑と工作へ視点が移ってしまい、それまでの殺人部屋伝説がやや宙ぶらりんになっている気もする。


 

もし〈後家部屋〉の因縁ネタ一本で押し切ってしまうと、それはそれで謎の提示としては単調になってしまう懼れもありうる。物語のちょうど折り返し地点でアランの弟ガイが語り出す〈後家部屋〉の長い由来が挿入されたり、ガタついたところはあっても、絡まる要素を複数盛り込んだおかげで物語に厚みが出たと言えるのかもしれない。

探偵役がH・Mだから、さほど悪い読後感を持たなかったのかな。最後まで楽しく読み通せたとはいえ、カー作品の中で出来栄えとしてはA級の下クラスか。




(銀) 『白い僧院の殺人』に続く1935年のH・Mシリーズ第三長篇。今回Blogの執筆に使用したテキストは20008月発行の26版で、カバーデザインこそトランプをあしらった山田維史の新しいイラストに変わってはいるが、解説は懐かしい中島河太郎のもの。

 

再読してみると〈気ちがい〉というワードがけっこう頻出している感じがした。新訳版が出る際いらぬ手心が加えられなければいいが。振り返ってみると本作も東京創元社・世界推理小説全集時代の宇野利泰以降、一度も新しく改訳されていないのが信じられん。


以上、盆休みを利用して一週間ぶっ通しでカーを取り上げた。明日からはまた通常のスタイルに戻る予定。