長篇「鉄の舌」、短篇「金口の巻煙草」「三時間の悪魔」「嘘つきアパート」「悪女」「親友」「祖母」「宇宙線の情熱」、中篇「欠伸する悪魔」を収録。長いキャリアのわりに個人名義全集がない不運はあるが、昭和30年代までは殆どの著作が一応単行本化されており、宇陀児を古書で読んできた人にとって本書の白眉は後半の評論・随筆篇及び解題という事になろうか。
探偵・犯人問わず、超人的キャラそして本格風トリックを不自然だと嫌った宇陀児。市井の人々を描いてリアリズムな路線に行ってしまった事を編者・横井司がどんなにその意義を強調しても地味な印象は拭えず、良い意味でのハッタリが足りない。エッセイを読むと宇陀児なりの主張は解るのだが、「鉄の舌」に代表されるトリック・謎解き趣味に乏しいメロドラマ風犯罪小説長篇の場合、私など全ての探偵小説に寛容なつもりでも、何作も読み続けているとややアナクロに感じてしまう。「大下宇陀児は短篇のほうが良さが活きる」というのが衆目の一致する意見だろう。
それでも木々高太郎の幾つかの作のように、もはや探偵小説に見えず只の普通小説に成り果てるところまでは到っていないので、その人間味を楽しめるかどうかが宇陀児作品を評価する生命線であり、今回結構難しかったであろう横井の宇陀児分析には敬意を表する。しかし本書のうち「悪女」は良い出来だが現行の創元推理文庫に収録済みだし、「宇宙線の情熱」の収録だけでSFものが解題でも一切触れてないというのは・・・。
一人複数巻出す必要がある作家は迷わず続刊してほしいし、大下宇陀児『 Ⅲ 』がもしあるなら「百年病奇譚」「飼育人間」等のSFものにも目を向けてもらいたい。宇陀児初心者の方はまず『大下宇陀児探偵小説選Ⅰ』 → 傑作短編集『烙印』(国書刊行会〈探偵クラブ〉)→ 本書 → 『風間光枝探偵日記』 → 『日本探偵小説全集
大下宇陀児・角田喜久雄集』(創元推理文庫)と読み進めていくのをオススメする。
で、宇陀児が二冊出たのだから、本書の「魔人論争」「馬の角論争」においてその発言が特別収録されている甲賀三郎もどこか良い出版社が選集を出して欲しいね。なんといっても日本で最初に理化学トリックを定着させた男なのだから。
(銀) 『 Ⅱ 』は『 Ⅰ 』以上にオーソドックスで代表的なものばかりというか、サプライズの無い収録作品選択。『新青年』に連載された「鉄の舌」だが、このタイトルは人造人間的な意味では決してなく、喋ってはならない事をひたすら黙っている登場人物の口の堅さをシンボライズしたもの。以下「鉄の舌」を未読の方はお読みにならないほうがよろしいかと思います。
「鉄の舌」のエンディングでは悪人が逃亡してしまうという、やや後味の悪い終わり方をする。ハッキリとは書かれていないが、これと似たパターンは甲賀三郎の代表長篇「姿なき怪盗」の エンディングでも見られた。「もしかして続篇となる作品を書くつもりなのかな?」と思った当時の読者もいただろうが、結局宇陀児も甲賀もそんな作品は発表してないんじゃなかったっけ?