2021年10月10日日曜日

『皇帝溥儀/墓碑銘』橘外男

NEW !

幻戯書房 銀河叢書
2021年10月発売




★★★★★   版元から三冊すべて購入すると
            先着で特典冊子『墓碑銘』が進呈



帯には〝満洲残影篇〟とあり、満洲を題材に使った作品を集めている。シリーズ三冊目の本書は少々気になるマイナス・ポイントがあって、橘外男を殆ど知らない人がいきなり手に取って読むにはあまり適さないところがあるかも。だから今回は、記事の後段でふれる特典冊子『墓碑銘』と合わせ技で満点にしたい。

 

 

 本書全体の半分を占拠している長篇「皇帝溥儀」は、実在の人物に対して突拍子もない話を拵えてしまったため読者からクレームが来たらしく、いよいよこれから!という時に中絶させてしまっている。連載時の角書は【問題小説】と題されていた。

 

極東国際軍事裁判に証人として呼ばれた溥儀の「私が満洲の皇帝だったのは全部日本のせいで、自分は何の罪も無い被害者であります」的な、別に間違いではないんだけど「元清朝皇帝として一片のプライドもおたく持っていないんかい?」と茶々を入れたくなるような証言がいきなり冒頭に鎮座。

映画『ラストエンペラー』と似たような演出で、満洲国が崩壊した戦後のシーンから始めるのかなと思って読んでいると、ミスター・タチバナが貿易業で知り合った華僑実業家親子から「是非読め」と勧められたというペナンの新聞に連載された「瓜爾佳の児子」なる世にも奇妙な読物が出てきて、これが皇帝溥儀」本篇となり、ストーリーは二重構造化してゆく。

 

溥儀の侍女だった支那娘が書いたその手記はベルトリッチの映画と何の共通点も無いばかりか、人々が崇めている溥儀は替玉で、いつも黒眼鏡をかけている謎の学者・欽禧こそ本当の溥儀らしい。完成していれば一体どんな結末を迎えたのか・・・隔靴搔痒なところで終わってしまった。


 

 

✹ 「灯は国境の町に消え」は大陸進出の代償として悲惨な目に遭う日本人の哀れな恋の物語。「東條元首相の横顔」は軍人一家・橘家を通して思い出されるA級戦犯東條英機のエピソード。「大僧正と天使」は生臭坊主のようなアンドレーイッチ神父が主人公。一目惚れした清純なロシア娘とねんごろになりたいのだが、借金があってピーピーしている。そんな彼が頼まれたアルバイトは観客の前で本番行為をしなければならぬ見世物だった。笑えるけれどもお下劣極まりない短篇。



✹ 「明けゆく道」は上記四篇と異なり少女雑誌に掲載され、【純情小説】と銘打たれている。元は倖せだった姉妹だが、姉が吹き矢で妹をめくらにしてしまい、その上日本が戦争に負けて、ふたりは零落し流れ者の旅芸人になってしまった。失明ですっかり心がひねくれてしまった妹のため、姉はやってはならない悪事に手を染めてしまう。「大僧正と天使」も多少そんな感じはあったが、この「明けゆく道」は倖せだった頃の姉妹が 生活していた土地が満洲というだけで、それほど満洲の要素を必要としないのがやや弱い。


本書の中で私が最も残念に思ったのは、「橘外男ワンダーランド」全六冊を監修していた山下武の解説「橘外男の満洲物考察」をまたしても再録している点で。これ山下の著書『書斎の憂愁』にも入ってたでしょ? 旧いネタの使い回しをせず今回の解説はオール書き下ろしで行ってもらいたかった。



 『燃える地平線』の記事にも書いたとおり、版元から今回送られてきたゆうパケットには、シリーズ最後となる本書と共に三冊予約購入特典冊子の『墓碑銘』が封入されていた。『皇帝溥儀』収録作と違ってこちらは戦前の作品、かつ満洲を題材にしたものではない。昭和15年『少女の友』に連載された、日本人の出てこない外地冒険長篇小説。アフリカ大陸をコロニーとしか見ていない白人と、現地人の尊厳を守ろうとする白人。少女小説であっても、そのテーマは一年前に書かれた「燃える地平線」に近いものがある。




(銀) よくある探偵小説書籍特典冊子の場合、コピー用紙に印刷してホチキス止めしただけのペラペラ仕様だったりすると「え~っ、製本もせず、この程度のもんなのか」とガッカリする。しかし、今回の特典冊子『墓碑銘』はちゃんと製本され、ボリュームとしてもしっかりした作りだったので、こういうおまけなら手に入れる価値は十二分にある。


ただ今回の企画は、ネット情報を事前に掴んでないと入手できない特典だった。特典を入手できなかった人を「情弱だからお前が悪い」などと見下すのはSNS中毒者の独善。世の中みな仕事があって、本キチガヒな奴らのように暇ではないのだからな。だから以前私は「こういうやり方はあまり好きじゃない」と書いた。何も知らず、発売日に書店で一冊づつ買って揃えていった読者からしたら「そりゃ差別だ!」って思うよね。twitter経由でしか申し込めません」などと云ってる版元のキャンペーンがよくあるけど、twitterなんてやらない読者はあんたらの客じゃないのかと恫喝してやりたくなる。


CDなどの音楽ソフトに付いてくる特典だって、バッジやトートバッグやクリアファイルをもらったところで、こちとらありがたくもなんともない。今回の『墓碑銘』のように、せっかく特典を付けるのならユーザーがもらって嬉しいものにしてもらわないと。