2023年6月26日月曜日

『女性軌道』大下宇陀児

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盛林堂ミステリアス文庫
2023年6月発売



★★      これはキッツイ



この小説の中でザ・ピーナッツへの言及がある。あの二人が歌手デビューするのは昭和342月で時期的に矛盾してはいないけれど、一年も経っていない同年の暮頃、そんなに早々と彼女達の存在を大衆は認知していたのかな。それにパンパン。昭和34年にもなって、まだパンパンをやってる日本女性はホントにいたの?と疑問に思ったが、ネットで調べてみると、どうやらまだ棲息していたらしい。



『大阪新聞』に半年ちょい連載されながら単行本化・・・とはいえ『「新青年」趣味 ⅩⅦ』特集 大下宇陀児の「大下宇陀児著作目録」作成時には既に発掘されていたこの長篇。宇陀児が亡くなるのは昭和41年だが、なにせ本作の連載が始まった昭和34年11月以降、宇陀児の新作小説発表はほぼ無くなったと言ってよく、つまりこれは晩年の作品と呼んで差し支えない。そして一冊の本になって大変有難い反面、同時期に書き下ろされた長篇「悪人志願」の出来を考慮してみても過度の期待は禁物だろうな・・・そんな警戒心を抱きつつ『女性軌道』を読み始めた。

 

 

保健所に勤め、真面目で清純というか男性の免疫が全然無いウブな主人公・三船周子を中心に、戦後を生きる若者たちの青春群像を描いているだけで、探偵趣味の感触は全くしない。書かれた時代こそ違うものの、雰囲気としては大坂圭吉『村に医者あり』(=「ここに家郷あり」)に近い明朗さ。外人を相手に周子の友人・池辺紀子が販売しているレリーフ(押絵のようで羽子板のようなもの)には、善渡爾宗衛の売っているゴミ本同様のバッタもん臭が漂い、そこらへんから一悶着起きそうな気配こそしているわりには、折り返し地点まで読んでも何も起こらないので、ページを追いながらだんだん徒労感が増してゆく。

 

 

二人のアプレ青年(ひとりはオカマ)が犯罪を計画したり血腥い殺人事件に巻き込まれたりで、後半ようやくサスペンスの色合いが見えてくるけれど、それまでの流れがあまりにノンビリしていたため、探偵小説らしさを無理矢理挿入した風に映らなくもない。結局この物語は三船周子がどんな男性と結ばれるかが落としどころなので、だらしのないアプレ青年の不良性/或る男女の殺人、この部分が仮に存在せず全編当たり障りの無いエピソードに終始していたとしても、周子の行く末が成り立たなくなる訳ではない。それをどう受け取るか・・・。

 

 

宇陀児の名誉の為に言っておくが、本作における〝探偵小説らしい部分の唐突感〟というのは、年がら年中探偵小説を読んでいる人間(=私だ)の偏向した見方から受ける印象であって、最後まで読み終えた上でストーリーテリングのテクニックだけ取り上げるなら、木に竹を接ぐ不自然さや大きなキズと化すところまで行っていない。あちこちに拡げた設定を取りこぼすことなく全て回収しているあたり、老いてもさすがの腕前。

 

 

権田萬治は大下宇陀児論にて「ロマンチック・リアリズムとは巨視的な社会的視野に立つものではなくて、むしろ庶民意識に根ざすもの」だと述べた。その意味で言えば本作をロマンチック・リアリズムの形容の中に包んでしまうことは間違いではない。だが本書解説で沢田安史の述べるまま、何も考えず「女性軌道」をミステリ長篇と捉えてしまっていいのかな?この点に関してはもっと踏み込んだ議論があってしかるべきじゃなかろうか。

 

 

 

(銀) 仮に探偵小説的な内容でなくとも、小栗虫太郎「亜細亜の旗」や横溝正史「雪割草」のようになにがしかの緊張感があれば十分楽しめただろうが・・・。なるべく後ろ向きな感想にはしないつもりだったけれども、良いか悪いか好きか嫌いかと問われれば明朗小説がお呼びでない私にはキビしい作品である。本音を申せば★1つでもいいほど。ただやっぱり腐っても大下宇陀児だし、初めての単行本化を喜ぶ気持ちは勿論あるので★もう一個おまけ。

 

 

盛林堂御用達のYOUCHANという人が描いた本書カバー絵だが、池辺紀子は貞操も商売道具だと割り切る女なので金には困っていないキャラだからいいけど、他の女性たち(オカマの栗林君も含む)はみな地味もしくはビンボーゆえ、服装髪型ともこんなモードなファッションでいられる筈がない。時代考証/作品内容考証は正確に。 

 


 

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