1986年に横田順彌/會津信吾/長山靖生らが立ち上げた日本古典SF研究会。会報『未来趣味』の刊行は、稼働しているのかいないのかよくわからない位の超スローペースだが、一応存続してはいる様子。
その『未来趣味』第1号、巻頭を飾っているのは小松左京の談話【古典SF研究の意義】。要するに、会のマニフェストみたいなもんです。続く【わが心の押川春浪】では、かの明治期SF作家に対する熱い思い入れを滔滔と横田順彌が語るのかと思ったら、実態は殆ど古本にまつわる自らのエピソード。ヨコジュンに全て責任を負わせるつもりは無いけれども、この文章に充満している古本へのがっついた浅ましさが、図らずも日本古典SF研究会の行く末を暗示している。
その集いを開催していたのは、カジオ貝印石油の若旦那、梶尾真治さんでありました。〟
作家・梶尾真治は根っからの熊本ネイティヴ。福岡大学在籍時、及び卒業して実家の仕事を継ぐため名古屋の石油会社に勤めた短い期間を除けば、それ以外はずっと熊本市で生活している筈。熊本市には熊本城があるし、熊本市内の繁華街に位置するアーケード街・上通りには「同仁堂」という薬局が確かに存在している。
これらの事を総合すると、善渡爾宗衛と梶尾真治は古くからの顔なじみだと思われる。もっとも作家として成功した梶尾とは対照的に、善渡爾は物故作家の作品を商品とは到底呼べぬレベルのテキスト入力で本にして、不当な暴価であぶく銭稼ぎに勤しんでいる底辺の存在でしかないが。
やっと本来の話に戻ってきた。『未来趣味』第1号の目次を見ると、「編集発行人」クレジットには長山靖生と並んで、次の四文字が印刷されている。
井 山 博 之
上段からの流れで、化けの皮を剥がしてみたら井山博之とやらも、その正体は善渡爾宗衛なり。昔、ヨコジュンの紹介で長山靖生と共に変名で少女小説を書くため作家デビューしたと善渡爾は書いているが、「横田順彌追悼号」でも平井呈一の名を平井程一などと間違えているような人間を紹介される羽目になった某社・編集氏は災難だったろうねえ。(程一は本名)
ともあれ、本日の主題は『未来趣味』どうこうではない。出版業界の方も一般ユーザーの方も、善渡爾宗衛や紫門あさをと同様、もし井山博之の名を見かけたら要注意。この人物に仕事を頼んだり、この人物が販売しているボッタクリのゴミ本なんぞ決して買ってはいけませんよ、という注意喚起でした。











