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活字に残された数少ない竹中英太郎本人の肉声を縦横に盛り込み、その一生を追ってゆく。竹中家門外不出の貴重な写真や初期の傾向文化・左翼芸術系レア作品の図版もある。著者の鈴木義昭は日本映画やアナキズムといった竹中労寄りの人ゆえ仕方なしとはいえ、戦前の探偵小説・大衆文学の理解度がやや浅い。作品名の誤記や内容の未消化、普通の読者ならば気付かないかもしれないが、わかる人にはそれが目に付く。英太郎夫人・竹中つね子のインタビューで中村進治郎の名が出てくるとハッとする。この辺の博文館周辺人脈には深く突っ込んでもらいたかった。彼女は英太郎生誕百年の祝い事を見届けたかのように、本書リリースの数ヶ月後に逝去(享年98)。
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英太郎が手掛けた挿絵は探偵小説に限らず、髷物・プロレタリア・少年少女もの・エログロ犯罪実話まで多岐に渡る。江戸川乱歩・横溝正史・夢野久作は確かに重要なアイコンだが、それ以外に従来の特集メディアがノータッチだった領域にも十分踏み込まなかったのが悔やまれる。図版頁も同様(例えば雑誌『家の光』には『新青年』同様、かなりの挿絵仕事をこなしているのだから)。
協力者のひとりとして夢野久作・満洲・戦前の文壇に詳しい西原和海がクレジットされている。例えば西原・鈴木両氏の共作ならもっと良い一冊になったのかもしれないが、それはそれで強引に夢野久作寄りになった可能性もあろう。この辺は非常に難しいところだが、戦前の英太郎を取り巻く社会運動と文壇と画業の世界、その全てを掌握している優れた出版社というか優れた編集者が担当していれば・・・そんな人材がいてくれたら苦労は無いのだけど。
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そうは言っても、かつて長男・竹中労の手で演出・歪曲されていた英太郎の真の実像に迫ろうとする著者の姿勢は良し。この挿絵画家の魔人ぶりは克明に伝わる。出生から熊本での活動家たる青年期、戦後の甲府隠棲時代は著者の得意分野だからか、破綻なく書けている。謎多き人物ゆえ一冊の本になる機会はめったにないのだし、本書はもっと評価されていい。英太郎その人の魅力は★★★★★以上、著者の仕事は★★★、出版社(編集者)は★★。
(銀) 本書と竹中英太郎記念館の作成した画集が出て、それがきっかけとなり、のちに皓星社の「挿絵叢書」による竹中英太郎の巻が三冊リリースされた。ひとりの挿絵画家をフューチャーした本がこんなにも世に出たのだから、これは欣快の至りというしかない。ただ、英太郎の一人勝ちで、他の挿絵画家があまり盛り上がってこない現状はいささか気になるけれど。