★★★★★ 蠢くレタリング、白眼を剥く女、
胎児にも似た異業者
『新青年』を代表する挿絵画家と言えば、誰しも竹中英太郎と松野一夫の名前を挙げるのだが、実際人気の高さとなると圧倒的に英太郎に軍配が上がるようだ。それは何故なのか?様々な理由が考えられるが、最大の要因は我が国の探偵小説の誕生が黒岩涙香に発して以来、理知的遊戯よりも湿った怪談的要素が好まれた点にあるのではないか。
単行本装幀や『新青年』表紙絵の仕事はモダンだけれど、小説に描いた挿絵となると小栗虫太郎「黒死館殺人事件」の他に松野一夫の印象はいまひとつ薄い。しかるに草双紙・黄表紙の血を色濃く引いた英太郎のそれは好むと好まざるとに関わらず、見る者を残虐への郷愁に誘う。「本陣殺人事件」「獄門島」「夜歩く」といった初期金田一耕助譚の初出誌で挿絵を英太郎が手掛けていてくれたら・・・・と、あらぬ妄想をしてしまう。
予期せぬトラブルのため難産の果に刊行されたせいかデータ的には誤認もあり、鬼の首を取ったように本書編者である英太郎令息・竹中労の揚げ足取りをしているアンポンタンなサイトもあるようだが、そんな事で『百怪』の風格が揺らぐ筈もなく、新たな画集が出たとしても本書の重みは超えられまい。再発の可能性が殆ど無く古書でも入手難だが、できれば手にしてみて欲しい。
(銀) ひとりの画家の手になる、初出誌や初刊本を彩った探偵小説の挿絵をこんな贅沢に集結させた画集は今でもこれ一冊しか存在しない(もっとも本書には、時代ものや竹中労の仕事用に描いたもの等、探偵小説以外のものも収められている)。改めて『百怪』は画期的な本だった。
このBlogはなるべく新刊本を中心に取り上げている。にも関わらず、本書は90年代に短期間流通しただけですぐ絶版にされたものゆえ特別級の扱い。諸般の事情で再発はまず100%ありえないヴィンテージ本だが、どうしても外せなかった。