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フジテレビ
2021年3月放送
★★★★ 野村萬斎演じる勝呂武尊に関しては毎回絶賛
このシリーズの名探偵・勝呂武尊は原型のエルキュール・ポアロに髭しか寄せておらず、海外の著名な探偵にありがちなハゲにかなり近いデコっぱちの面相ではないのがいい。三年ごとに放送されている、三谷幸喜・脚本によるアガサ・クリスティー翻案ドラマ。第一作「オリエント急行殺人事件」は出演者の顔ぶれから正月二夜連続のオンエア編成に至るまで、相当フジテレビが製作費をかけている印象を受けたものだ。その視聴率は約15%強。元手を考えるとまあまあの合格ラインだったろうか。
「オリエント急行殺人事件」はその贅沢ぶりに加え、監督が「古畑任三郎」など三谷脚本の映像化を最も熟知している河野圭太だったが、次の「黒井戸殺し」では城宝秀則へと変わり、その事が影響しているのか、それ以外に理由があるのか、この二作目はミステリ史上に残る原作の特性を映像に活かしているとは思えず、これまで何回か再見しようとしてもなぜかすぐ途中で止めてしまう。大泉洋は嫌いじゃないが、その他の出演者のバランスが好みではなかった。
我々観る側は視聴率より内容が重要だけど、低成績が続けば遠からずフジは見限るに違いない。「黒井戸殺し」は前作の半分の視聴率8%しか獲得できず。クリスティーと三谷幸喜の名前だけで高視聴率をとれる筈もなく、世間の興味ではそんなもんなのだろう。
そして第三弾には「死との約束」が選ばれた。監督は城宝秀則が再登板。「黒井戸殺し」の時からもうこの企画は進行していたというし、前回の成績がそんなによくなくても三谷幸喜だとフジテレビも無下にはできないみたいで、作を重ねるたびにフジのプッシュが減少しているのは目に見えて明らかだが、実質二時間ちょいのボリュームは確保。原作における舞台の中近東を昔から霊場とされる南紀地方熊野の山奥に移し替えている。三谷の作品だといつも〝三谷組〟常連の役者が多くなって私は嫌なのだが、今回は比嘉愛未が女医・沙羅絹子として出演するというので、録画しつつリアルタイムで鑑賞。
このドラマで発生する殺人は一件のみ。サディスティックな笑いをもくろむ三谷幸喜のことだ。視聴者は事件が発覚するまでのシークエンスにて辟易するほど本堂夫人(松坂慶子)の傍若無人ぶりを見せられる。エラリー・クイーン原作を翻案映画化した昭和54年の「配達されない三通の手紙」(TVドラマでいえば「水中花」の頃)の絶頂期の彼女を思えば、こんなに太ったコメディエンヌになろうとはね~。
ドラマの出来栄えだが、満点を進呈するのは無理としても、謎めく熊野の雰囲気があるのみで煽情的な仕掛けも特に無いわりには意外と飽きずに楽しむことができた。最終的な謎解きが始まる直前の或るムーディなシーンによって、原作を知らなくてもミステリのパターンを解っている人には犯人が誰か感づかせてしまうのは感心できない(窓を開けて勝呂の謎解きを別室の或る人物に聞かせることで一般視聴者にもバレバレだったのでは?)。しかし天狗の存在の意味といい、ギャクっぽいシーンに隠されたる真相といい、謎がひとつずつ検証され、二度目に視聴する際に伏線がどこに張ってあったかを再確認できる本格ミステリの愉しみの基本を丁寧に押さえている点はよかった。
ラストシーンの名探偵の涙といい、変人の勝呂に「黒蜥蜴」みたいな一般受けするメロウネスを色付けしないほうが犯人の意外性をもっと与えられたんだが、ミステリ読者じゃない普通の大衆にはああいうのが喜ばれるから仕方ないか。三谷幸喜にミステリをやらせても笑いの部分がミステリの部分に浸食しすぎて、結果その作品を駄目にする印象がある。それゆえ彼について、いつも100%は信用していない。
(銀) そういえば野村萬斎もずっと手掛けてきた東京オリンピック式典演出チームを解散させられて、今回のオリンピック騒動によって迷惑を被った犠牲者の一人だ。
そんな萬斎による勝呂武尊は「オリエント急行殺人事件」の時は戦前昭和8年の設定で、今回の「死との約束」は昭和30年の話。22年も経っているのに、第一作の時よりなぜか勝呂の容貌が若く見えるのは、三谷幸喜のミステリ劇におけるセリフ運びが「古畑」の時と十年一日ちっとも変わらないのと一緒で、ご愛嬌というしかない。萬斎の作り上げる名探偵像には何の文句も無く、クリスティーの原作ありきとはいえ、矛盾の多かった「古畑」よりずっとよろしい。