2024年7月1日月曜日

『戦後出版文化史のなかのカストリ雑誌』石川巧(編集代表)

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勉誠社  カストリ雑誌編集委員会(編)
2024年6月発売



★★   最終目標はカストリ雑誌のデータベース完成




カストリ雑誌といえば昭和25年あたりまで出回っていた、定期刊行物として認められていない怪しげなブツの総称だと思ってきたし、本書にてフォローしている年代も昭和208月の敗戦から昭和2412月迄と区切られているけれど、近年はカストリ雑誌の定義がより曖昧になって、発行年度の該当範囲は昭和30年以降にまで更に広がっているそうだ。いくらなんでも昭和40年代に出たものまでカストリ雑誌と呼んでいいのか?と、私なんかは訝ってしまうが。

 

 

 

この本の編集代表・石川巧の「あとがき」によれば、もともと企画されていたのは『カストリ雑誌総攬』ともいうべきカストリ雑誌のデータベース。国内に残存している分の調査はもとより、メリーランド大学のプランゲ文庫にはかなりのカストリ雑誌が所蔵されているので、あちらへのアプローチも準備していたところ、例のコロナ禍が起きて三~四年ほどアメリカへの渡航が難しくなり、当初の予定は一旦ペンディング。仕切り直して制作されたのがカストリ雑誌の入門書的な内容を持つ、この『戦後出版文化史のなかのカストリ雑誌』という訳。

 

 

 

では本書の第一部、カストリ雑誌編集委員会の面々が「カストリ雑誌」主要30誌に選んだラインナップを見てもらおう。括弧内は各項目の執筆者である。

 

 

『赤と黒』(石川偉子)『アベック』(尾崎名津子)『ヴィナス』(石川巧)

『うきよ』(石川巧)『オーケー』(大原祐治)『オール小説』(石川偉子)

『オール猟奇』(石川偉子)『奇抜雑誌』(光石亜由美)『狂艶』(石川偉子)

『共楽』(光石亜由美)『サロン』(大原祐治)『小説世界』(石川偉子)

『新文庫』(大原祐治)『青春タイムス』(尾崎名津子)『性文化』(尾崎名津子)

 

 

『千一夜』(大原祐治)『探訪読物』(大原祐治)『にっぽん』(牧義之)

『ネオリベラル』(石川巧)『犯罪実話』(尾崎名津子)『ベーゼ』(牧義之)

『ホープ』(牧義之)『妖奇』(石川巧)『読物時事』(石川巧)

『ラッキー』(牧義之)『らゔりい』(光石亜由美)『リーベ』(光石亜由美)

『りべらる』(尾崎名津子)『猟奇』(光石亜由美)『ロマンス』(牧義之)
 
 
 

これら30誌の概要がそれぞれ約34ページ程載っていて、データの提示というより読み物として仕立てられている。「カストリ雑誌」と聞くとエロ・グロで煽情的な実話やら時事ネタ、それに得体の知れない人が書いた小説ばっかりじゃないの?と思う方もおられるかもしれないが、知名度のある作家(探偵作家含む)の名前も少なからず見つかる。そういう作家達の存在を示すことが本書のセールス・ポイントでもあるし、各誌に掲載されているめぼしい作品にはどんなものがあるか、(全て網羅している訳ではないにせよ)紹介されているのが嬉しい。

 

 

 

第二部は十四本の研究エッセイ。
そこには、当Blogにて以前取り上げた北川千代三『H大佐夫人』(☜)に言及した光石亜由美のエッセイ【北川千代三「H大佐夫人」と「其後のH大佐夫人」】も含まれている。「H大佐夫人」がわいせつ物頒布等罪に該当して罰金刑を喰らったというのに、北川千代三はよほどこの作品にこだわっていたのか、「H大佐夫人」の縮約版/続編/芝居/スピンオフまで懲りずに手掛けていたらしい。

 

 

 

惜しいかな、「え?」と思った点が一つある。
前述の光石亜由美エッセイ【北川千代三「H大佐夫人」と「其後のH大佐夫人」】、そして川崎賢子のエッセイ【サバを読む―『猟奇』と検閲文書】、その両方にて〝江戸川乱歩が戦前(1930年代)『猟奇倶楽部』なる雑誌を主宰していた〟と書いてあるのだが、通俗長篇が大ウケしていて連載の掛け持ちにヒイヒイ言っていたあの時期、乱歩が雑誌を出していたなんて、あいにく私は聞いたことがない。そんな事実あったっけ???川崎賢子、尾崎名津子、そして編集代表・石川巧の三名は立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターのメンバーなんだけどな。

 

 

 

カストリ雑誌って現物の〈奥付〉及び〈オモテ表紙/ウラ表紙〉に印刷されている発行年月さえ鵜呑みにできぬものもあるぐらい、作りはいい加減だし書誌データも杜撰。かつて山前譲が探偵雑誌のデータベース『探偵雑誌目次総覧』を頑張って制作したとはいえ、カストリ雑誌のデータベースを完成させるとなると、あれ以上の難行になるのは間違いない。各誌の創刊から終刊まで履歴を突き止め、歯抜けとなる欠号がひとつでも減らせるよう、どこまで追い込めるか。今後の成り行きを注意深く見守っていきたい。






(銀) 昭和中期~後期にかけて存在したビニ本なんかは、実態の掴めなさそうな点でカストリ雑誌に似ている。もしデータベースが完成できたら素晴らしいけど、完成に至るまでのハードルがあまりに高そうで、実現の目算は立っているのだろうか?






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