さとう珠緒曰く〝あざとい〟と〝ぶりっ子〟は似て非なるものだそうで。彼女に倣って言えば、当Blogにて前々回取り上げた「King Kong」(1933)も本日のネタである「The Abominable Snowman」(1957)も一括りに怪獣映画と受け取られがち。秘境に棲息する未知のクリーチャーを捕獲して見世物にしようとする人間の邪(よこしま)な企みは共通しているが、それ以外のベクトルは拍子抜けするぐらい異なっている。公開当時、日本の映画会社も〈恐怖の雪男〉なんて邦題を付けるから観る側は混乱させられるのだよ。
英国ハマー・フィルム・プロダクションといえば怪奇の殿堂。となれば本作でも雪男が存分に暴れまわり、観る人を心胆寒からしめるストーリーが想像されよう。本日の記事左上にある日本盤ブルーレイのジャケットにもそのような意図が見え見えなんだが、本当はどういう映画なのか少々説明する必要あり。
【 仕 様 】
日本盤 Blu-ray
字幕:日本語
ブックレットなし
【 ストーリー 】
ジョン・ロラソン博士(ピーター・カッシング)は妻のヘレン(モーリン・コーネル)助手ピーター・フォックスと共に、植物研究のためヒマラヤ奥地の僧院に滞在している。そこへヒマラヤに棲息しているという幻の生物イエティ(雪男)を捕まえるため山師のトム・フレンド(フォレスト・タッカー)一行がやってきた。実はロラソン博士もイエティについての論文を発表した過去があり、雪山の神秘への興味には勝てず妻ヘレンの反対を押し切って博士はフレンドらとイエティ探しに出発する。
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ヒマラヤの話なので全編オールヒマラヤロケが理想だったんだけど、モノクロでの引きの映像が美しい白銀の山岳地帯は残念ながらピレネー山脈にて撮影されたもの。主要な役者達は現地へ行っておらず、登場人物の顔がハッキリ映る場面はスタジオのセットで撮っているのが一目瞭然。ハリウッドの大作じゃないし、そこまで予算がある訳でもないからこれはやむを得ず。
本作の困った点はポスターやタイトルで恐怖を煽っておきながら、いつものハマー・フィルムのように直球ホラー・テイストになっていないところ。よく聞かれるのが「最後の最後でしかイエティ姿を現わさないじゃないか!」「イエティちっとも狂暴じゃないやんけ!」といった批判の声。物語中盤、トム・フレンド一行の中のひとりが銃でイエティを一匹仕留めるのだけど、そのシーンしかりイエティはいつも手首から先しか映らず、雪山には何匹かのイエティが存在しているようなのだが遠吠えしか聞こえない。万人に解り易い〝More〟な演出とは対照的な〝Less〟の演出を受け入れられない人にはまったく向かない映画なのだ。
アーノルド・マルレ演じるラマ
そもそも脚本の方向性をもう少しピシッと定めるべきだったと私は考える。本作でのイエティは人間に害を与える存在ではなかったのに、〈忌まわしい雪男〉だの〈恐怖の雪男〉だの物々しいタイトルを無理に付けるからヘンなことになってしまった。しかしそうは言っても僧院のシーンで流れるobscureな音楽、そして僧院の長であるラマの怪しげな雰囲気、映画のストーリー用に妻ヘレンを設定したことでロラソン博士に迫り来る危機のサスペンスが一層盛り上がって、私はこの映画それほどつまらないとは思わない。ブルーレイの収録内容さえ不満が無ければもう少し良い評価にしたのに。
ついに姿を現わしたイエティ
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【 ソフト購入時の注意点
】
ボーナス・コンテンツが充実している北米盤ブルーレイと違って、日本盤ブルーレイは旧日本盤DVDに入っていたピーター・カッシングのハマー作品出演紹介映像はおろか、予告編さえ入っていない。何やってるんだハピネットは。
北米盤ブルーレイは本編が90分バージョンで収録され、日本盤ブルーレイに採用された85分バージョン(日本語字幕なし)はボーナスとして観ることが可能。ただ海外のフォーラムでは(この日本盤ブルーレイでは観られない5分間のフッテージがそうなのかは解らないが)「基本HD画質なのに一部SD画質が混在しているのが気に入らない」「なぜ全編キチンと最良のレストアをしなかったのか?」というクレームが上がっていた。
先日記事にしたサイレント映画「Der Hund Von Baskerville」(1929)だって、基本は35mmフィルムだけど一部失われている箇所は9.5mmパテ・ベビー・フィルムで補填していて、その部分は画質にギャップがあるんだし「The Abominable Snowman」も少々SD画質になったってかまわないのに。その他にも、向こうの人に言わせると英語字幕の付け方が手抜きらしい。日本語字幕の無い海外盤では英語字幕が頼りなのに、これではイヤだったから私は日本盤ブルーレイを買ってしまった次第。
(銀) アメリカでは「The Abominable Snowman of the Himalayas」のタイトルで公開されたため、北米盤でもそのタイトルが使われている。