純文学に対するカウンター・カルチャーとして、怪奇幻想/ゴシック/メルヘンにまで多様な顔を持つ探偵小説というストレンジな文学。その異端性を炙り出す評論。
◆ 「孔雀屏風」「佝僂の樹」「孔雀夫人」を題材に、戦時下の処世と抵抗、また菊池寛「真珠夫人」といった一般文壇との交錯を追う横溝正史論
◆ 「偉大なる夢」「防空壕」から弾圧・戦争協力なる雌伏の時代を探る江戸川乱歩論
◆ 以下、渡辺温と映画・シナリオ、橘外男にとっての人間性=獣性、小栗蟲太郎があばく軍隊の黒い側面、角田喜久雄と戦争未亡人、山田風太郎の小説に影を落とす敗戦・・・といった内容
「奇想と反骨」とある以上、対比されるべきその時代の状況を著者が読者に解り易くフォローしなければならないが、世相や文壇の有り様は丁寧に説明されており、著者ならではの論述が縦横無尽に展開されている。
とはいえ、最終章において異端文学たる日本探偵小説の行き着いた先が〝Jホラー〟だとして「角川ホラー文庫」の商業的成功を挙げるような陳腐で短絡的な考え方には全く賛同できない。1〜8章まで「言論統制」「弾圧」についても触れてきたのに、偽善的な自粛方針でいま最も無責任に必要の無いテキスト改竄を行っている出版社が角川であるという事実は、大学のセンセイであり『新青年』研究会の一員である谷口基なら知らぬ筈が無かろう。
著者は文中で「自主規制」の悪を糾弾している訳ではなく、過去の文壇状況を淡々と解剖しているだけではあるけれども、皮肉をこめた視点の物言いも無く、角川が提供するホラーを着地点とする必要がどこにある? 谷口も所詮は70年代のブームに起因する角川商業主義を過剰に持ち上げるサブカル・オタクのひとりにすぎなかったのか。
加えて最悪なのは、いくら本書が『新典社研究叢書』というお堅い文献だからといって、どうやったら12,000円+税という法外な価格に設定できるのか、版元に聞いてみたいもんだ。 この叢書は多分それぞれの本が非常に販売部数が少ないからこんなことになっているのだろうが、文字メインで約470頁のハードカバー本がこの価格とは、クレイジーとしか言いようがない。
(銀) 他人がやってないような突飛な論文を一発かまして認められたいと思うのが大学のセンセイの習性なのかもしらんけど、考えが浅い。これを読んで谷口基の発言にはシンパシーを持てなくなってしまった。『定本夢野久作全集』の解題の文中でも、そこで持ち出す必要の無い橘外男の事をねじ込んでいたし、困ったものだ。