2024年5月31日金曜日
『安吾探偵事件帖-事件と探偵小説』坂口安吾
2024年5月27日月曜日
『新訳サロメ』オスカー・ワイルド/河合祥一郎(訳)
ふと私は、招魂社の雜木越しに、その雲を見たのである。
(中略)
クライマックスの生首が鮮烈で、ヨカナーンとサロメにばかり目が行ってしまいがちだけども、エロド王やエロディア王妃など、サロメを取り巻く登場人物の思惑を見落としてしまっては片手落ち。仏語テキストの細かいニュアンスを紐解く河合祥一郎の解説は、私のようなフランス語の読み書きができない人間にも、水が掌へ流れ落ちるようにすんなり趣旨が伝わるから嬉しい。
アカデミックな自分をアピールしたい人間の書く文章によくある傾向で、小難しい物言いばかりされてもちっとも伝わらないし、だいいち頭に入ってこない(ワタシの不味い文章など、まさにそうだ)。それとは対照的に河合の解説は、(立ち読みして字面だけ眺めると難しそうに感じるかもしれないが)読んでみたら意外と解りやすい。
角川文庫大好き横溝クラスタの皆さんが「サロメ」やワイルドに関心を持つことはまず無いだろうが、シュオッブやポオを好きな人ならゼッタイ読んだほうがいい。同じワイルド作品でも童話としてよく知られている「幸福な王子」に比べると物凄いギャップ(残虐美)があり、血の滴るヨカナーンの生首にキスして陶酔するサロメは結局どうなってしまうのか、それを知るのも楽しみのひとつである。
(銀) 本書そのものは満点。唯一の汚点、角川本の帯のダサさはいつものとおり。ロバート・キャンベルが嫌いな訳じゃないけど、オスカー・ワイルドが同性愛者だからってキャンベル先生をいちいち引っ張り出してくるこの貧乏臭さがとことん恥ずかしい。
2024年5月24日金曜日
『シシリアの貴族』バロネス・エムムスカ・オルチイ/上塚貞雄(譯)
大英帝国を代表する名探偵シャーロック・ホームズの尋常でない人気を受け、雑誌の編集者から「ホームズみたいなのを書いてみない?」と勧められてバロネス・オルツィが着手したのが隅の老人シリーズ。ドイルの作家活動期間とオルツィ夫人のそれとは、六歳年長のドイルが若干先行しているとはいえ、ほぼ重なり合う。
「シシリアの貴族」
「ダフイルド家爵位事件」
「カザン眞珠」
「倒の〝五〟」
「土耳古石のボタン」
「モメリイ家相續事件」
「マートン・ブレビイの慘劇」
昔の旧訳は大好きなクチなんだけど、パトリツク・マリガンとマツギンスのコンビはホームズ&ワトソンのジェネリックにしか見えず、どうもそれが気になって困る。ある事件では二人が乞食に化けるのだが、まるっきりそっくりなシーンに描かれている訳でもないのに、ホームズ物語の影がぼんやり透けて見えてしょうがない。おまけに、この上塚貞雄訳危機一髪君シリーズは抄訳らしく、その刈り込みが作品をスポイルしているのかな?
マリガンのもとに持ち込まれる犯罪まで全部が全部安直だとは言わないけど、主役二人のキャラ付けと動かし方にはひと工夫欲しいね。オルツィ夫人=「隅の老人」、そんなイメージの定着は確かにある。でも古めかしい冒険ロマン長篇「紅はこべ」でさえ戦後復刊されているのに、危機一髪君短篇集が置いてけぼりなのは、このシリーズが「紅はこべ」以下の評価しかされていない証拠だとしたら、少々複雑な気分。
2024年5月22日水曜日
『あぶない刑事インタビューズ「核心」』高鳥都
2024年5月19日日曜日
『横溝正史「獄門島」草稿(二松学舎大学所蔵)翻刻』石川詩織/近藤弘子/品田亜美/山口直孝(編)
第六章 錦蛇のやうに/一枚
第七章 てにをはの問題/六八枚
第八章 今晩のプログラム/一四枚
第十章 待てば来る来る/四枚(両面使用)
第十六章 お小夜聖天/四枚(両面使用)
第二十一章 忠臣蔵二段返し/八枚(両面使用)
✹ 「気違いじゃが仕方がない」の名文句で終わった第六章。次の第七章を始める草稿の一行目から、金田一耕助を二度も金田耕助と書き間違えている正史。全体の論理的展開にひとつの矛盾も無いよう没入していただけかもしれないが、(起用してまだ二作目とはいえ)大切な探偵役の名前を失念することもあるんだな。
2024年5月14日火曜日
『放火地帯』大下宇陀児
✾「放火地帯」(『オール読物』昭和30年9月号)
本書リリースの直前に発表された短篇。四十件以上発生し続けている放火騒ぎ、加えて潔癖過ぎる少女・相原桂子が立腐れ同然の空家で首を絞められ殺されていた事件、この二つの要素を複雑にグリグリ絡ませ、クライマックスへともっていく手腕は宇陀児ならではの見事な名人芸だが、新機軸に欠ける食い足りなさも。
✾「花の店」(初出誌不明)
犯人当て小説。被害者が剣山(ケンザン)で顔を潰されているため、「おっ、顔の無い死体路線か?」と思ったりもするが、そこはまあ本格嫌いの宇陀児なんで・・・。本書の最後に二頁ぶんの「花の店」解答篇が短く載っている。
✾「綠の奇蹟」(『オール読物』昭和13年6月号)
難産の末に長沼康子が産み落とした赤子・喬一郎の瞳は、まるで翡翠のような緑色をしていた。その事が原因で仏蘭西人ヂョルヂュ・マルセルとの不義を疑われ、康子は一方的に長沼家から離縁されてしまう。身に覚えのない誤解を解くためには友人の加奈子そしてマルセルの証言が必要なのだが、材木座にあるマルセルの別荘で彼らは殺されていた・・・。
(惡)=『甲賀・大下・木々傑作選集/第一巻/惡女』(昭和13年/春陽堂書店)
良人は長沼喬助といつて遞信省の技師である。 (惡)(綠)
接吻まで許してゐたとしたら(惡)
ここまでお互の話が進んでゐたとしたならば(綠)
鎌倉署と、神奈川縣刑事部の係官とは、(惡)(綠)
全く、スパイつて奴は、殊にG・P・Uの派遣してゐる奴は、(惡)(綠)
✾「怪異の変装者」(『講談倶楽部』昭和15年1月号)
四谷區と麹町區との境界みたいなものになつてゐて(亞)
✾「殺人病患者」(『キング』昭和12年8月増刊号)
女の肌を見ると発作的に殺してしまいたくなる精神病の持主・鉄村由吉が、看護婦の咽喉に噛み付いて精神病院から脱走。これとてパニック・ホラーで押し切っても十分イケるのに、入り組んだ設定を拵え、いつもの宇陀児調探偵小説に仕上げてしまうのだから、苦笑しつつも感心。
✾「恋愛工場」(『新青年』昭和14年6月号)
恋人など居やしないのに、「いる」と見栄を張った挙句、墓穴を掘るパターンはよくある。ここではそんな人間の機微を逆手に取り、謎に繋げてはいるものの、小品の域を出ていない。
✾「愛慾禍」(『週刊朝日』昭和10年6月1日初夏特別号)
自分より二十以上年下の、妖しい肢体を持つエロい未亡人を時間を掛けて口説き落とし、やっと結婚にまで漕ぎ着けた元・代議士の高見沢浩。悲しい哉、オイシイ話には裏があり・・・。
✾「魔法街」(『改造』昭和7年1月号)
一九――年の冬Mの市に起つた事件、といふことにして置かう。(魔)
某活動俳優、アメリカ領事館付某武官など(魔)
某映画俳優、某省事務官など(本書273頁7行目)
筆者はも早、これ以上何も贅言を加へる必要がないと思ふ。惡夢の如きM市の怪事件は、これでもつて奇體に終りを告げたのであつた。(魔)
(銀) 「放火地帯」の他に、「綠の奇蹟」「恋愛工場」も一度は宇陀児著書の表題作になっている短篇なんだが、そのわりに本書は(「魔法街」を除くと)Aランク級とは言い難い地味なものがコンパイルされている印象を与える。もとより宇陀児作品の中で、探偵役の比重はちっとも重くない上、本書において、事件を解決へ導く登場人物の存在感となると尚更希薄。