2023年2月3日金曜日

『松川事件の犯人を追って』大野達三

NEW !

新日本出版社
1991年11月発売




★★★★    同じ禍が我々にも降りかかるかもしれない




 NHK『未解決事件』シリーズは昨年「帝銀事件」を題材にしていたが、本日は「帝銀事件」と並んで松本清張『日本の黒い霧』の中で取り上げられている戦後の謎に満ちた怪事件のひとつ「松川事件」について書かれた本を見ていきたい。昭和24817日午前3時すぎ、当時の福島県松川町を通過していた青森発上野行き上り蒸気機関車旅客列車が脱線・転覆し、乗務員三名が死亡。明らかに何者かによって脱線を目論んで事前に線路のレールを外す等の破壊工作がされていた。これが「松川事件」である。今回紹介する本は清張と対談したこともある大正11年生まれのジャーナリスト・大野達三の著書『松川事件の犯人を追って』。

 

 

 

 「松川事件」のおおよその流れはネットや文献を見ればすぐわかるから、この本の中で私が注目した点に絞って話を進めよう。『日本の黒い霧』の「松川事件」の章を読んでいて私がその不気味さに喰い付いたのは実行犯が誰かというミステリー以上に、事件の周辺でチラチラ見え隠れしている疑惑の存在、そして都合の悪い証言者となりそうな人達を追いかけてくる心胆寒からしめる口封じの魔の手であった。いつもこのBlogで書いている作りものの探偵小説とは違って、これらはみな実際に起きた事なので背筋が寒くなる。現代の日本でも同じような禍が私達に降りかからないとは決して言えないのだから・・・。

 

 

Point ①】

事件当日の深夜、列車が転覆する線路の近くを斎藤金作という男性がたまたま歩いていた。彼が自宅に辿り着こうとしたその時、背後から尾行してきたものと見ゆる男が「今夜見た事は決して誰にも口外してはならぬ」と告げる。その後もなにかとCIC(米陸軍諜報部隊)へ出頭を求められたりして只ならぬ恐怖を感じた斎藤は、横浜に住む弟のもとに身を寄せ輪タク屋をやっていたのだが、後日変死体となって入江に浮かんでいるのが発見された。『日本の黒い霧』の斎藤金作についての記述はこの程度だけれども、本書では更に突っ込んだ情報が提供されている。

 

 

全部書いてしまうとこれから読む方の楽しみを奪ってしまうから、最低限のチェック・ポイントのみ挙げておくなら、

 

      引揚者で、帰国後日本共産党に入党していた斎藤の過去

      斎藤の妻/弟/旧友といった近親者の証言

      松川事件弁護人/松本善明弁護士宛てに届いた、
          真犯人を名乗る者からの書簡をめぐる考察

 

斎藤金作も不幸な被害者だが、真犯人を名乗る者からの書簡が届いてからというもの、この松本弁護士周辺にも見えない触手が伸びてくる。戦後松本は東大在学中に日本共産党へ入党しており妻はあの童画家いわさきちひろ(!)。松本善明/ちひろ夫妻はおろか、松本家に住み込むお手伝いの少女・亀井よし子にさえ誘拐→監禁→帰阪後に怪死する事件が起き、その上帰阪後よし子に関係した幾人かまでもが行方不明あるいは死亡するといった奇妙な出来事が。これではまるでドイルの「緋色の研究」に描かれていたモルモン教徒のやり方と選ぶところがないではないか。 

 

 

Point ②】

次に興味深いのは〝松楽座〟という松川駅からほど近い芝居小屋にて、「松川事件」発生の数時間前まで興行をしていた〝日本少女歌劇団〟というレビュー一座。この一座だけでなく芝居小屋関係者が実に怪しい奴らだらけで、この点も『日本の黒い霧』ではさわり程度しか書かれてなかったが、本書ではもう少し手掛かりを得ることができる。他にも「松川事件」の予行演習とみられる類似事件とか、事件当夜線路付近にいた数人の背の高い男と遭遇したという土蔵破り・村上義雄/平間高司らの目撃談があったりして、とにかく面白い。「松川事件」の犯人は旧軍人で、シベリアからの引揚者だと推理する高木彬光の説も紹介。


 

 


 後半はなんと「下山事件」と、一冊で二倍楽しめる(?)構成。「下山事件」関連本は過去の項にて取り上げたので短く述べておくと、のちに〝自殺説〟へ宗旨替えするだけでなく、松本清張や他殺説主張者に対して過度とも思える敵意を見せた佐藤一(この人も「松川事件」容疑者のひとりとして当時挙げられていたが結局無罪)を、本書の著者・大野達三は非常におだやかな物言いながらも批判している。なにかと感情的なのが佐藤一の大きな欠点なんだよな。

 

 

私も当Blogの「下山事件」に関連する項で書いたように、下山総裁自殺説を採るとなると、轢死するため線路まで歩いていくのに絶対必要だった眼鏡が落ちてなかったのはどう説明するのか?という疑問に必ずぶち当たる。大野達三も同様に考えていたみたい。

中には下山総裁が数人の男たちに囲まれて車に乗っていたのを目撃したという(当時の佐藤栄作政調会長の秘書)大津正の証言を強く信じている文章もあって「うーむ、そっちのほうはどうかなあ」と私は思ったけど。大野曰く、五反野付近でうろついていた総裁らしき人物の目撃証言はどれも総裁本人を知らない人のものばかりであり、反対に大津正は総裁を知り尽くしているのだから、どちらが信用できるのか考えるまでもないといった見方。ネックになるのは〝車の中に乗っている下山総裁を見た〟って点でね。道端を歩いてる同士だったらまだしも、車中の人をそこまで断定できるかしらん。

 

 

 

 巻末には「秩父事件・スパイM、祖母のことなど」という小さな章もある。「下山事件」や「松川事件」が起きたのは、日本が共産主義に取り込まれぬよう米国が暗躍していた時代なので〝反共〟を抜きにしてはこれらの事件は理解できない。大野も日本共産党中央委員会法規対策部副部長という役職を歴任していたそうだ。今日の記事の中で、共産党だった人が何人も出てくる事実をなにげに見逃してはならぬ。

 

 

 

(銀) 「帝銀事件」もそうだし「下山事件」もしかり、一冊ですべてを網羅できている書籍というのはさすがに無いが、この本は読む価値があった。



佐藤一そして彼の著書『下山事件全研究』に大野が反論しているのはいいんだけれど、佐藤一が下山事件研究会員に反旗を翻す事になった理由が明確には書いてなくて、そこの部分が私は知りたかったな。佐藤本人の言い分だけじゃなく、第三者の公平な目撃談としてね。