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NHK総合 NHKスペシャル
2022年12月放送
★★ ムダに清張を推しすぎだし、
なにより動機の考察に欠けていた
「下山事件」関連書籍を取り上げた2021年7月19日の当Blog記事の中で、「NHKが力を入れているドキュメンタリー番組『未解決事件』においても〈下山事件〉など昭和前期の素材まで遡ればいいのに・・・」と私はつぶやいた。こういう声を上げてNHKスペシャルの制作サイドへ一石投じることができたかどうかはさておき、シリーズ最新作に「帝銀事件」が選ばれた事については諸手を挙げて歓迎したい。
だが、一瞬喜んだそのあとオンエア直前の番宣CMで〝松本清張推し〟の勘違いな作りだと知り、清張役の大沢たかおが「ウォー」と大袈裟に叫ぶシーンを見せられて「あ~あ、相変わらずこのシリーズのプロデューサーは肝心なところが解ってないなあ」と苦虫を噛み噛みした気分に。ま、観るべきものが何もない年末のTVの中では、唯一集中して向き合えた番組ではあったけれども。
【 B A D 】
「帝銀事件」「下山事件」「松川事件」・・・。これら敗戦直後に起きた異様な怪事件について昭和以降の世代にも広く知らしめた功績は間違いなく松本清張その人にある。それは決して否定しない。しかしながら『未解決事件』という番組内容の中で(特に12月29日に放送された第一部/ドラマ篇において)、「帝銀事件」の中心にいた訳でもなければ捜査員でも何でもなく、外部の一ジャーナリストにすぎない清張を主役に据えて「帝銀事件」の実録ドラマを進行させるのは納得がいかない。まして井川遥演じる清張夫人・松本ナヲなど松本家の描写に関する部分なんて全く尺の無駄。
極端な喩えかもしれないけど、令和になって白日の下に晒された統一教会の悪行三昧が後年ドキュメンタリー化される際、再現ドラマの狂言回しを鈴木エイトに設定するのはなんか変でしょ?
あの時代は撮影された映像素材が少ないものだから、ニュース映画の同一フィルムが繰り返して使われるのはやむを得ない。とにかく第二部/ドキュメンタリー篇において平沢貞通を徹底して無辜だと結論付けたいのならば、いかにも犯人だと決めつけられそうな背景が当時の平沢には不幸にして多く存在していた事実をなるべく数多く掘り下げ、それらを軒並み否定して外濠を埋めてしまう細かさを見せるべきだった(そのためには第二部もせめて90分位の枠は欲しい)。
あれでは相当「帝銀事件」に精通している人以外の視聴者はみな、平沢貞通が実行犯のモンタージュにわりかし似ていて、コルサコフ症という病気に起因する虚言癖があるといった程度の理由で犯人に仕立てられたのかというざっくりした印象を持ってしまいそうな懸念が残る。
そもそもNHKには『ファミリーヒストリー』という著名人の家族のルーツを探索するノウハウがあるのだから、ドキュメンタリー篇にまで清張を持ち込むぐらいなら、徹底して人物像やバックボーンを見せることで画家・平沢貞通の(いかにも怪人物だと思われてしまいそうな)複雑さを表現できた筈。
【 G O O D 】
事件発生後、最初に有力な容疑者と目された松井蔚なる人物(彼の名刺には「厚生技官」の肩書があった)を写真付きで紹介したのは良かった。松井蔚には動かぬアリバイがあったそうだし、単に名刺だけが悪用されたのであれば、そのあたりの警察捜査の流れをこそドラマ篇で描くべきじゃないの?
それと、平沢が警察の取調べにて毒物混入のやり方を再現させられているフィルムも私は見たことがなかったので興味深かった。あのフィルムについて番組は「70年以上警察が保管していた門外不出の映像」と紹介していたが、本日の記事を書くために「帝銀事件」のwikipediaを見たら、同じ取調べ時の画像がupされていた。1948年秋に刊行された雑誌『アサフグラフ』に掲載されたものらしく、当時から警視庁はこの取調べの写真だけは公表していたらしい。
それから、実際に毒物を呑まされた被害者の女性が「私は平沢が犯人とは思えない」と明言していた旨を彼女の遺族がハッキリ証言する映像が撮れているのも良かったが、面通しの結果、強力に断定できる人こそいなかったものの、「平沢=犯人」と証言した人も当時確かにいた事は押さえておくべきだろう。
制作サイドとしては清張を持ち出した以上、731部隊更にその後ろで糸を引くGHQの暗躍へと着地点を持っていきたいのは自明の理。731部隊及びその指揮官・石井四郎については2017年に初出オンエアされたNHKスペシャル『731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~』という番組があって、それに紐付けして構成されているように私は感じた。褒められるべき箇所もあったのだが、今回の番組で視聴者が最もいぶかしく思ったであろう点は〝犯人がどういう目的で帝銀事件を起こしたか?〟それが(仮令推論であっても)番組内で明確に提示されなかったことだ。
この『未解決事件』シリーズは〝なぜ解決に至らなかったのかを、NHKに保管される当時の取材データや、新たに取材して得られた新事実をもとに検証する〟という原則があり、100%完全な解決は到底無理でも、それなりに何らかの新事実が見つかった場合にのみ、番組として成立するものだと思っている。
今回、米国に渡ってそれなりの資料・証言を得てきてはいるが、一定以上「帝銀事件」について知っている者からすると、そこまでブランニューな発見があったとは言い難い。限りなくクロい存在と思われる〝憲兵A〟に関して番組では明かされなかったが、没年時期が判る資料があるのだから氏名だって制作サイドは知っているはず。毒を呑まされ命を落とした人々の顔がドラマ篇では普通に映されていたのに、翌日のドキュメンタリー篇ではボカされていたり、半世紀以上が過ぎた事件であっても怪しげなコンプライアンスが邪魔をし、鋭く突っ込んだ番組作りができずにいる。
てな不満を多々踏まえた上で、次は「下山事件」「松川事件」にトライしてくれませんかね、NHKさん。勿論、ムダな〝清張推し〟は一切無しで頼む。
(銀) 近年NHKで制作される金田一耕助ものや、満島ひかりに明智小五郎を演じさせた一連のドラマを観ていて感じるのは、とかくネット受けすることばかり考えて作ってるようにしか映らないという不満。あれなら三遊亭円朝が原作の『怪談牡丹燈籠 -Beauty&Fear- 』(主演:尾野真千子)や、探偵怪奇ものではないけど、奈緒目当てで観た『雪国 -snow country- 』(主演:高橋一生)のほうが全然再見に耐えうる出来だったな。
今回の『松本清張と帝銀事件』ドラマ篇の中で平沢貞通を演じたのは榎木孝明。かつて稲垣吾郎金田一シリーズ第四作の『悪魔が来りて笛を吹く』で椿英輔/飯尾豊三郎を演じていたのも榎木だった。言うまでもなく『悪魔が来りて笛を吹く』は現実の「帝銀事件」をいくらかネタにして書かれている小説。それを意識してNHKスタッフが平沢役に榎木をキャスティングした可能性もなくはない。こういうのに単純な横溝オタやネット民は速攻で釣られて騒ぐのであろうが、気を遣ってほしいのはそういうとこじゃなくてさ。
結局のところ『日本の黒い霧』に取り上げられている怪事件の謎というのは昔から言われ続けているように、米国が厳重に秘匿しているGHQ関係の資料がフルオープンにでもならぬ限り、そこまで驚天動地な新事実の解明は残念ながら望めない気がする。せめて元・世田谷区民である私にとってリアルタイムな未解決事件であった「世田谷一家殺害事件」だけでも早く真相が明らかになってほしいと願っているが・・・。