2024年5月31日金曜日

『安吾探偵事件帖-事件と探偵小説』坂口安吾

NEW !

中公文庫
2024年5月発売



★★★  『日本の黒い霧』と安吾の時評は全然別個のもの





❆ 金閣寺放火事件/日大ギャング事件/築地八宝亭事件/チャタレイ事件・・・占領下の日本で喧しく騒ぎになったトピックに物申す時評が多くを占め、その中には当Blogでもおなじみ帝銀事件/下山事件も含まれる。

 

 

帯の惹句がまぎらわしいのだが、帝銀事件/下山事件を取り上げているからといって、『日本の黒い霧』の中で松本清張が闇深い怪事件を相手取り、材料を集め推理を組み立ててイデオロギー的にすべて米国の仕業だと結論付けたような、一方向に固定したアティテュードはこの時評には見られない。

坂口安吾は根無し草の風来坊気質。自分を探偵小説家だとは1ミリも思っていないだろうし、あるのは無頼な文士としてのプライドのみ。権威主義もきっと小馬鹿にしていたに違いない。

 

 

帝銀事件や金閣寺の放火をおひゃらかすように受け流したかと思えば、孤立殺人事件と題された老夫婦坂本威郎・為子殺し(195167日に発生した犯罪らしいが、生憎一度も耳にしたことがない)に対して素人探偵よろしく知見を述べたり。困窮する事件の謎を推理する安吾よりも、一個の人間を見つめる彼の視線のほうに私は興味が湧く。こちら ☟ を御覧頂こう。 


 
以下、本文からそのまま引用するのではなく、要旨をエディットさせてもらった。
 
〝よく事件が起こると、警察の調べに対して民衆は、自分の記憶にある疑わしい人物の身なりを事細かに申し立てる。それはいいのだけど、ホンの数分遭遇しただけの見知らぬ誰かの外見を、我々はそこまで正確に記憶していられるものだろうか?〟 ~「切捨御免」より

本当にそう思う。例えばアナタは、通販サイトで買ったものを昨日自分の家に届けに来てくれた配達員の風貌をどこか一箇所でも覚えていますか?私なんて何ひとつ覚えてないな。また前日、道ですれ違った未知の人物があったとしよう。誰が見ても優れたルックスだったり自分好みの異性(同性愛の人ならば同性)だったり、あるいは相当物騒な雰囲気を醸し出してるヤバそうな奴とか、そういうケースなら脳のセンサーが発動して例外的に記憶しているかもしれないけども、大抵すっかり忘却してしまうのが普通じゃありませんか?そんな風に人間の記憶なんてアヤフヤで頼りなく、過度に信じるのは危険だという話。 

 

 
 
〝人は極度の孤独感に苛まれた時、最も好色になる(SEXを求める)。〟
~「孤独と好色」より

轢死の数時間前、五反野をフラフラしていた下山総裁が替玉ではなく本人だった場合を想定しての発言だが、これも卓見。自分がパンパンを買い漁った実体験を引き合いに出し、下山総裁の立場を慮る安吾の人間観察は、NHK『未解決事件』file.10 「下山事件」よりずっと説得力がある。家庭や仕事のがんじがらめな足枷、どうすることもできない孤独、そういったものに追い詰められた時、なぜか人肌恋しくなる衝動に心当たりのある人は少なくない筈。

余談だが、三越で行方不明になる以前にも下山総裁には三国人に睾丸を蹴られる騒動があったことを安吾は書き残している。『日本の黒い霧』や『謀殺・下山事件』に載っていなくて人の記憶から消えていった出来事は沢山あるんだろうな・・・と、つくづく思った。







❆ 時評以外には、探偵小説に関するエッセイを数本収録。
【矛盾だらけの「下山事件」】【『資料・下山事件』】の記事にて、下山総裁自殺説を強硬プッシュしたグループの一人として紹介した中舘久平、そして江戸川乱歩と安吾、この三人の鼎談も読める。日本の探偵作家で安吾が褒めているのは戦後の横溝正史、初期短篇の江戸川乱歩。高木彬光にも僅かながらの期待が見られる。「蝶々殺人事件」は高評価作品にもかかわらず、「推理小説について」の中で〝なぞのために人間性を不当にゆがめている〟と言って角田喜久雄「高木家の惨劇」と共に苦言を呈す。とりわけ小栗虫太郎の衒学まみれは腹に据えかねるご様子。




海外ミステリだとクイーンとクリスティは立派だが、カーは〝意外を狙いすぎて不合理が多すぎる〟と、バッサリ。どんなに驚天動地のトリックでも、あまりに作り物めいて現実味の無いものはダメみたい。そして最後には「感想家の生まれ出るために」という文章があり、こんな事を安吾は述べている。

〝批評家なんてものじゃなく、感想家というものは有ってもよいと私は思う。
感想家は、文学者、作家じゃない。思想家でもない。つまり読者の代表だ。大読者とでも言ってよかろう。
(中略)
感想家、大読書家は当然ひとり楽しむ世界だから、これ又、一人一党、ただ自らの感想があるべきのみで、党派的読書家などというものは有り得ない。〟




私なんてまさに感想家の末端だし、安吾の言は特段変わったことでもない。しかしながら、ネット上で私が読んだ本に対して何か感想を書けば「悪意がある」だの「銀髪伯爵は自分のアンチ」だのキャンキャン「X」で吠えたてるザコがいて、中には「お前が本を作ってみろ」と絡んできたのもいる。どういう連中か知りたい方は私の名前を検索してネットで探してみて下さい。

こちとら自腹で版元と著者が希望する価格を正しく支払って本を読んでいる。片やこういう手合いは持ってる本を一切読みもしないのに、わざわざ私が本を作ってやる必要がどこにあるのか、知りたいものだ。

世の中にはミステリも含め、あらゆる趣味のジャンルで(たとえ否定的な意見であれ)自分の思ったことをネットに上げる一般人はゴマンと存在する。多くの人の目にふれるAmazonのレビュー欄へも今は投稿していないし、「X」で更新をいちいち宣伝することもない。そんな場末の私的なBlogにおける私の発言がどんだけ気になってしょうがないのかねぇ、探偵小説・古本界隈でトチ狂ってるあの一部の連中は? ていうか、一体いつから私はインフルエンサーにされてしまったのでしょう?



ミステリ業界の見苦しい馴れ合いなど、まさしく安吾の批判そのまま。転売すればカネになると思って読みもしない本を買い込み、社会に対応できないので他人の持っていない本の所有でマウントを取ることしか生きがいが無いオヤジども。あいつらがもし、本書を買って(繰り返すが、彼らは本を買っても読みやしないのだ)、坂口安吾について知ったような事をホザいているのを見かけたら、ぜひとも侮蔑の眼差しで嘲笑ってやって下さいね。







(銀) 上段でも触れたとおり、この春放送された『未解決事件』シリーズ file.10「下山事件」はドラマ篇で主役の布施検事を演じた森山未來の存在感以外、失望しかなかった。最初は一回分の記事を使って感想を述べるつもりだったが、只のピエロにすぎない韓国人・李中煥を9時のニュースを使ってまで重要視したり、あまりのズレっぷりに記事を書く気も失せたよ。観た方、いますか?







■ 下山事件/帝銀事件 関連記事 ■