2021年4月23日金曜日

『秋聲翻案翻訳小説集/怪奇篇』徳田秋聲(訳)/蓜島亘(編)

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徳田秋聲記念館文庫
2021年3月発売



★★★★     金沢発のオシャレな文庫本



通販で北陸方面の古書店を利用すると、一体どういうつもりで商売しているのか腹に据えかねる店が時たまあって、その代表が石川県の金沢文圃閣。本の状態を正しく記載せずに販売している杜撰さでは日本一。昔から福井人が好きじゃないし、私は北陸とウマが合わないのかもしれん。この店は出版業も行っており、そっち方面の業績は認められているのかどうか知らないが、古書通販の面ではなんでこんなに年中いい加減なんだ?片や、通販における古書店員の対応の無礼さNo.1はダントツで都内の古書ワルツ。青梅店・荻窪店いずれも同様に、店長の性格が捻じ曲がっているとしか思えない。






同じ金沢でも今回取り上げる文庫を発売した徳田秋聲記念館はとても感じのいい接し方だった。だいたい個人作家の記念館を経営する事だけでも困難を伴うのに、帯まで付いたシックな装幀の文庫を制作できるなんてたいしたもの。そのポテンシャルは街の人口の多さだとか作家の知名度とは全く関係なく、運営者のセンス・実行力・愛情が揃っているからここまで実践できているのに違いない。勿論、自治体など地元の金銭面バックアップも行き届いているんだろうけど。 


                    



さてさて徳田秋聲という作家について、私は全くの門外漢。
シャレたこの文庫本にはどんな小説が収められているのか、興味津々。




前半はナサニエル・ホーソン『トワイス・トウルド・テイルズ』から採られた三篇。
どれもイソップみたいな、あるいは三橋一夫「まぼろし部落」シリーズのような寓話風。




△「楓の下蔭」(原作「デイヴィッド・スワン」)翻案
本書中これだけが「~にあらずや」「~なりき」といった涙香みたいな明治調の文章なのは秋聲の師・尾崎紅葉補ゆえ?粗末な身なりだが人品賤しからぬ旅の少年が、川のせせらぎの心地良い叢で熟睡している。そこに通りかかった数組の通行者が、少年の寝姿を見つけてそれぞれ一悶着あるのだが、そんな騒ぎなど何も知らぬまま少年は目を覚まし、その場を去ってゆく。


△「霊 泉」(原作「ハイデガー博士の実験」)翻案
老境の将軍と政治家、そして昔は美人だったのに、独り者のまま汚れた身に堕ちてしまった媼。この三人に対し、仙人のような医師が〝それを飲むと昔の相貌を取り戻すという支那の霊泉〟を勧める。すると・・・。


△「人の哀」(原作「大望を抱く客」)翻案
凍える夜。前に断崖、後ろに山裾が聳える過疎の地に住む貧しい家族の住処に一人の旅人が立ち寄る。人の好い家族は旅人と打ち解け、彼の大望の話を聞いてゆくうちに・・・。 


                      

 


▲「一 念」(原作ウィルキー・コリンズ「奥様のお金」)翻案
伯爵未亡人・磯子が振り出した為替券が紛失し、磯子が目を掛けている十八の娘・美津子に容疑が向けられる。


▲「肖像画」(原作マーガレット・オリファント「肖像画」)翻案
主人公の冬吉は産まれてまもなく母を亡くしている。暫く家を空けており実家へ帰省してみると客間に一枚の肖像画が据えてある。やもめの父はそこに描かれた可憐なる少女こそお前の母親だと云うが、その絵については秘められし因縁があった。


▲「氷美人」(原作コナン・ドイル「ポール・スター号船長」)翻案
最もメジャーな作なので説明の必要も無いとは思うが、これも紹介しとこう。日本の海軍軍医・敷島太郎は英国北洋捕鯨船の一員。北極海を航行中に船長が奇怪な行動を取り始めたり、身震いするような謎の叫び声を耳にする現象が発生。ある夜、船長は誰もいる筈の無い氷上の霧に向かって突然語りかけ、そして遂には・・・。 

 

▲「ロッシア人」(原作アレクサンドル・プーキシン「その一発」)翻訳
露西亜人なのに、名を異国風にシルヴィオと呼ぶ男がいる。ピストル射撃に長けた剛の者ながら乞われた決闘に応じなかったシルヴィオは人々の尊敬を失う。数年後、この物語の語り手はさる村へ引っ込む事になり、その土地の伯爵邸でシルヴィオの名を話題に出したところ、意外な反応があった。

 

                       



【怪奇篇】とはいっても広義的で、本当にそういえるのは「霊泉」「氷美人」ぐらいではあるが編者の蓜島亘が丁寧な解題・解説を書いてくれて有難い。今後もこの文庫シリーズは続いていきそうな感じ。内容的に★4つにはしたけれど、徳田秋聲記念館の挑戦には諸手を挙げて支持する。

 

 

 

(銀) これだけかぐわしい文庫が1,000円で入手できるのだからエライ。以前、徳島県立文学書道館が発売している「ことのは文庫」ラインナップの中の海野十三の『三人の双生児』『十八時の音楽浴』を紹介したが、こんなインディーズの形で各地の文学館も今迄読めなかったマテリアルを単行本化してくれると、より楽しい。