横浜の外人バーでトグロを巻いていた弓尾康作は、店の中で陽気に騒いでいた不良遊民っぽい五~六人の男達に突然取り囲まれる。そのメンバーのひとり牧野平馬が康作とそっくりの外見で、彼らは酔っていた康作をどう言いくるめたのか、平馬の身代わりに康作を牧野家へと送り込む。翌朝になり康作が目覚めると、そこはゴージャスな部屋のベッドの上。康作は牧野平馬として、周囲の者を騙し通せるか?
先日upした横溝正史『芙蓉屋敷の秘密』(日本小説文庫)の記事にて、あの本には成りすましや傀儡をネタにした作品がいくつも見られると述べたが、正史とはまた異なる軽いタッチで水谷準も本作を書いている。単純すぎるユーモアものだと退屈だけども、一応本作は弓尾康作の成りすましが牧野家の人々にバレるのかバレないのか、またその結果どういうオチが付くのか、興味を引っ張るのでまあまあ面白い。でもエンディングで牧野平馬たちが自分らの目論見をハッキリ語るくだりが無く、読者は「たぶんこういう事なのだろう」と推測するしかないのが言葉足らずな感じ。
未熟者ゆえに私、本作の初出誌が何なのか知らない。勿論「岩谷文庫」のための書き下ろしかもしれない。それにしては〝遊民〟なんてワードが出てきたり、日本敗戦からまだ一年経ってないのに、書かれている世界観は『新青年』絶頂期っぽいし、戦後のシチュエーションだと断定できそうな箇所は見つからない。まるっきり書き下ろしであれば、混乱した国内の状況でよくこんなカラッと明るい短篇を書けたなと感心もするが、考えてみたら昭和21年の準はパージを喰らっている。本作に漂うこんなオプティミズムが、決して良い精神状態とは思えぬ彼の頭に果たして浮かぶだろうか。
(銀) もともと本日はweb配信された『三康図書館2023年度第一回講演会「三康図書館でみる横溝正史」』(出演:浜田知明/黒田明)をお題にするつもりでいた。でもたいして書きたい事も無いし、たまたま前々回の記事が森下雨村で前回が横溝正史だったから、それなら『新青年』編集長の誰かにしとくかというので水谷準にチェンジ。
その三康図書館主宰の講演会、事前に予約して先方から送信されるメールにリンクしてあるURLからでないと映像を見られないようになっていたそうでね。以前、春陽堂書店の『完本人形佐七捕物帳』完結の際にもweb鼎談みたいなのやってたけど有料閲覧(1,650円!)になってたし、今回無料とはいえweb閲覧でさえ事前申し込みが必要って、いつも浜田知明はわざと門戸を広げないのか?