前回は戦前の『黒星章』(
A )及び戦後の靑柿社版『黒星團の秘密』( B )のテキストを比較するつもりが、靑柿社版テキストを用いて同人出版再発している筈の B のテキストは何を底本にしているのか不明なのが判明したので無視し、国会図書館デジタルコレクション上で閲覧できる靑柿社版原書テキストにて検証を続けたところ、第一ヴァージョン( A )と第二ヴァージョン(靑柿社版テキスト)は基本的に同じであって、タイトル改題以外には支那人 → 中国人程度のミニマムな変更しかされていない事が解った。
本日はその続きで、第三ヴァージョン/光文社痛快文庫版『黒星團の秘密』(
C )のテキストがどのようになっているのか、 A と C を比較検証する。C は再発本が出ておらず、1949年の原書を使用。
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● 各章のタイトルが下記のとおり、若干変更されている。
A は原書と違って再発に際し現代の文字遣いに改めているので、ここでもそれに準拠した。
最も目立つのは
A にあった「雪の夜の惨劇」の章立てが C では無くなっていること。
そして漢字を開いたり、同じ意味でも言い方を少し変えたりしている。
A C
奇怪な広告 ぶきみな廣告
三日月の痣 三日月のあざ
伯爵邸の危難 ねらわれた銀行家
金蝙蝠座事件 金蝙蝠座事件
魔法の蜥蜴 まほうのトカゲ
怪老人の出現 首つりの刑
神人龍旺明 ふしぎな老人、龍旺明
首領の正体 首領の正體
雪の夜の惨劇 灰色のビルジング
怪ビルディング この世の地獄
この世の地獄 ついに降伏
降伏 恐ろしい復讐
恐るべき復讐 龍旺明の身のうえ
龍旺明の身の上 毒液の針
毒液の針
● 次に挙げるオープニングの文章を見てみると、
C はより子供向けにやさしい表現に書き換えられてはいるが、元の内容にほぼ近い。
こんな感じで細部こそ変更はあるが、物語の基本は A から大きく変わってはいない。
A
〝こゝは或る建物の奥まった一室。室の中央にはマホガニー製のテーブルがあり、それを取巻いて天鵞絨張りの安楽椅子がある。壁に沿っては、どっしりとした模様硝子入りの書棚が置かれているし、その書棚の上には大きな油絵の額もかけてある。〟
C
〝ここはある建物の一室である。部屋のまん中には、マホガニー製のテーブルがあり、それを取りまいてビロードばりの安楽椅子がある。壁にそつて、どつしりとした模様ガラス入りの書棚がおいてあるし、その書棚の上には、大きな油絵の額もかけてある。〟
● 前回の記事でも触れた塚原少年が夜歩いていた場所について、「玉置(〝某〟は削除された)という金持(富豪から変更)のやしきの塀にそつて」という風に、表現は変えても内容は同じ。
● C の改稿によって、靑柿社版ではそのままだった東京市がようやく東京都へ訂正された。
黒星團首領が使っている撞木杖も松葉杖へと変わっている。
● 園村玲吉少年の父親の身分が、敗戦後の華族制度廃止に伴い伯爵から銀行頭取へ変更。これにより、 A の巻末解説で触れている「黒星章」とのテキスト比較に参照された「黒星團の秘密」は第二ヴァージョンの靑柿社版ではなく、第三ヴァージョンである光文社版(もしくはその後の1953年刊ポプラ社版)を使っている事がわかる。
● 「魔法の蜥蜴」の章(二)の冒頭、 A の「一九三一年キャデラックセダン型」という自動車の詳しい説明は C では削除され「自家用自動車」と表記。
● 「魔法の蜥蜴」の章(四)三行目から数行分を C では短く短縮している。
この後も A にはあった部分が、 C では削除されている箇所が見られる。
● A「私は、龍旺明という支那人です」 C「わたしは、龍旺明という中国人です」
同様に龍旺明の部下シーメルも黒人(A)からインド人(C)へ変更。
● 金庫に押し込められていた辻本支配人は、
A ではすでに殺されていたが C では気を失っていただけ。
同様にその後龍旺明が過去の黒星團を説明するシーンで、
A では「誰でも構わず人を殺し」という残忍さが C では無くなっている。
● A「雪の夜の惨劇」の章では、殺されたと思われた梅吉老人を龍旺明が救出して二人は再会を果たすも、龍旺明は賊に腕を撃たれてしまう。ここから次の章「怪ビルディング」(一)までの部分が C では消去、梅吉老人は結局死んだ事にされてしまった。
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「青爐閣」主人の名は A 及び靑柿社版原書の深澤源五郎から変更なし。
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戦前(A)及び靑柿社版原書は警官が佩剣を持っていたが、戦後(C)は無い。
● 鈴村要助が若い頃跛(びっこ)になった原因が、A では日露戦争出征のせいだとしているが、C ではそれをカット。
● ラストの処刑シーンで毒液注射を打つ際に、
贋首領は A では解毒剤の存在を口にしているが、C ではその事を口にせず塚原少年の腕に注射。
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こんなところですかね。
光文社痛快文庫版( C )の後に出たポプラ社ハードカバー版(1953年刊)は、目次を見ると章立てが C と同じだから、おそらくテキストも大下宇陀児本人ではなくて編集部サイドが手を加える些細な変更(漢字を開くとか)以外は一緒じゃないだろうか。いずれにしても本作の場合は第一ヴァージョンと第三ヴァージョンさえ押さえておけばOKだろう。
(銀) それにしても湘南探偵倶楽部叢書版『黒星團の秘密』のあのテキストは一体何だったのだろう?同人出版本は普通の書籍みたいに店頭で立ち読みができないから、今後本を買う前に内容を確認するのも不可能だし。とにかく今回の記事はいろんな意味でくたびれた。