2020年9月26日土曜日

復刻版『大東京写真案内』博文館編集部(編)

NEW !

博文館新社
1990年9月発売


★★★     高森栄次編集



正確には写真集ではなく(いまどきの言葉でいうなら)タウン・ガイドとして見るべきものなのだろう。戦前の博文館刊行と聞けば、これは持っておかなければ。オリジナルの発売は1933年、水谷準が『新青年』編集長を務めていた時分の企画。調べたらこの復刻版、2000年を過ぎても再版していたらしく第七刷の存在を確認している。リイシューとしても地味ながらロング・セラーだったようだ。

 

 

復刻版には投げ込み付録が付いていて、「戦災前の風物の数々~この写真集の誕生裏話」という文章が載っている。その文章を書き、当時本書の制作を担当していたのは、最後の編集長として『新青年』の幕引きに立ち会った高森栄次。それを知って、ちょっと得した気分。

 

 

戦前に本書が世に出た頃の東京市(まだ都ではない)は、なんと三十五区もある。そして都会の中心は新宿より東側。渋谷も原宿も当時は最先端とは言えず、世田谷区・目黒区・品川区なんて田舎扱いもいいとこ。航空写真をはじめ引きの画像が多いとはいえ、皇居上空写真は載っていない。「陛下の頭上から写真を撮るなど、もってのほか」だったあの時代、もし決行していたら、どれほどの厳罰を喰らったことか。

 

 

〈東京案内〉なので写真にはキャプション(高森の執筆?)が付き、ランドマークな名所や神社仏閣を中心に掲載している。地図/味どころ一覧などもありベーシックな資料としては最適なのだけれども、エロ・グロ・ナンセンスの象徴のような盛り場、それとは対照的な東京の裏の顔である貧民窟・ドヤ街なども見てみたかった。風景メインで見せているため、人は殆ど写っていなくて、賑わいみたいなものはそこまで伝わってはこない。



私が一番写真を見てみたかったのは江戸川乱歩の『怪人二十面相』に出てくる非常に印象的な、戸山ヶ原の〈大人国のかまぼこをいくつもならべたような〉陸軍実弾射撃場だったんだが、残念ながら本書には未掲載。「孤独すぎる怪人」その他に見られる、東京市へ想いを馳せた中井英夫のエッセイに触れられているまんまの風景をズラリと並べた旧い写真のVisual Bookが欲しい。そのような本には未だ出会えていないのが現状。




(銀) 高森栄次を知るにはエッセイ『想い出の作家たち―雑誌編集50年―』(博文館新社)が最適。彼は昭和10年頃、一度博文館を辞めている。森下雨村の博文館退社によって、ボイコット気味に編集部員がゴッソリ抜けた時よりも後のことか。 

 

辞めて何をしたかったのか不明だが、とにかく高森の転身は失敗に終わる。途方にくれていたところ、手を差し伸べたのが水谷準。不在は短い期間であったが、高森は再び博文館編集部の席に戻った。