2024年4月18日木曜日

美輪さんの横溝正史嫌いは本当だった❶

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 立教大学/江戸川乱歩記念大衆文化研究センター公式HP(☜)に「江戸川乱歩生誕130年記念企画~乱歩を世界にひらく、乱歩からひらかれる世界」と題し、2022年6月から2023年11月にかけて旧乱歩邸に招いたゲスト十八組のインタビューがupされている。その顔ぶれはコチラ。
 

 

①波乃久里子(with 平井憲太郎)

TOBI

③和嶋慎治

④齋藤雅文

⑤辻真先

 

 
⑥河合雪之丞

⑦喜多村緑郎

⑧松本幸四郎

⑨市川染五郎

⑩中村雀右衛門

 
 

⑪佐野史郎

⑫安達もじり

⑬柳家喬太郎

⑭速水奨

⑮室瀬和美/室瀬智彌(with 平井憲太郎)

 
 

⑯倉持裕

美輪明宏(☜)

⑱旭堂南湖

 

 
ゲストに招かれているのは(漆芸家である室瀬和美/室瀬智彌親子を除くと)、江戸川乱歩原作を使用した演劇・映像・二次創作パフォーマンスになにがしかの関わりを持つ面々。波乃久理子の話はちょっとだけ身を入れて読んだものの、探偵小説の副産物に興味を持たぬ私にとって心惹かれる企画ではない。そんな中、要注意人物が一名いる。他でもない、我らが美輪さんだ。







 他のゲストとは比べものにならないぐらい、生前の乱歩にゆかりの深い美輪さん。このインタビュー記事に見られる、旧乱歩邸にて佇む美輪さんのフォトは九年前に撮影されたもの。最新の写真であろうとなかろうと、1934年刊の新潮社版『黒蜥蜴・妖蟲』初刊本を手元に置きポーズをとる美輪さんの姿は、私の中に熱い胸騒ぎを呼び起こす。
(本日の記事・左上の画像を見よ)

 

 

乱歩そして三島由紀夫、二人の巨人について半世紀以上、幾度となくコメントを求められてきた美輪さんゆえに、乱歩との初対面時における〝腕を切ったら七色の血が出る〟云々のやりとり然り、こちらが知り尽くしているエピソードに終始してしまうのかと思いきや、このインタビューではつい耳をそばだててしまうような事も語ってくれている。

 

 

  まず、インタビュー冒頭の次の部分だけは至極重要なので、
ここだけは原文をそのまま引用させてもらう。


美輪「探偵小説の作家では、横溝正史さんもいらっしゃるけれど、あの人の探偵は野暮ったくて、舞台も田舎の豪族の家だったり、都会的じゃないんです。だから、あまり好きじゃなくて(笑)。その点、江戸川さんのものは好きでした。退廃的でね。まさかお会いするなんて思いもしませんでしたけれど。」


Blog 2022915日の記事(☜)にて私は、かつて美輪さんが横溝正史を「肥溜めの臭いがする」と言って一刀両断にした話を取り上げている。この発言がいつ、どこの媒体で発せられたものなのか、今でも突き止めてはいないのだが、上記のコメントを読む限り、(〝肥溜め〟とかキツい物言いこそしていないけれど)横溝正史のことは好きでないとハッキリ語っているので、美輪さんの正史嫌いは決してデマではなく本当のようだ。






  要するに横溝正史の人となりがキライというより、小汚い探偵や地方旧家の土俗性が肌に合わないようで、それらの根拠がおしなべて一連の金田一長篇から来ているのは明々白々。「真珠郎」あたりは読んでないのかな~。そもそも若き日の美輪さんは、乱歩以外の日本の探偵小説にどれぐらい接してきたのだろう?それを知る手掛かりとなる資料もまた無いのだけど、美輪さんの美意識からして『新青年』がカルチャー・リーダーだった頃の戦前の探偵小説ぐらいは後追いでなにかしら読んでいるかもしれない。さりとて本格長篇だから高尚とか、そういう観点を持ちつつ探偵小説にのめり込んでいたとは到底考えにくい。




実はこれまでずっと、美輪さんの「横溝正史は肥溜めの臭いがする」発言なるものは、角川春樹のハイプなゴリ押し商法によって大衆が横溝正史ブームに踊らされていたあの年代に発せられたんじゃないかな?と勝手に推測してきた。今じゃまるで、「すべての日本人が角川~横溝ブームに熱狂した」みたいな調子で決め付けているけれど、当時「横溝正史なんてちっとも良いと思わない」「節操無さ過ぎな角川の宣伝がウザイ」「田舎臭いのがイモ」「フケをまき散らす金田一が不潔」などと冷ややかに見ていた人だって少なからず世間に存在していたのを、私はこの目で見て知っている。そんな中の一人が美輪さんではなかったか?







  のちの世になって歴史を捻じ曲げる連中こそ、実に信用ならない。そんな譬え話をしよう。『レコードコレクターズ』という斜陽音楽雑誌があるのだが、この雑誌はある時期から邦楽を扱っても大滝詠一やいわゆるはっぴいえんど人脈ばかりに偏向し、洋楽でもくだらない特集しか組まなくなったため、真っ当な読者からはクソミソに批判され続けている(加藤和彦も小田和正と対談した時、「オフコースってあれだけ実績残してきたのに、音楽雑誌に取り上げられる事って全然無いよね」と暗に日本の音楽ジャーナリズムを皮肉っていた)。




特に呆れてしまうのは、いくら『レコードコレクターズ』の編集部や音楽ライターのナイアガラ推しの度が過ぎるからって、1981年の日本の音楽シーンを語る際、「この年の頂点にあったのは大詠一の『A Long Vacation』だ」とか、臆面もなく言いまくっていることでね。


確かに『ロンバケ』は長期間に亘ってよく売れた。でもネットの普及などまだ先の話である1981年において、大衆が音楽のフレッシュな情報を得るとなると、テレビやラジオが最大のツールであったことを忘れてはいけない。大詠一一切テレビに出ない人だし、ライブ嫌いで人前に出る機会も稀、『オールナイトニッポン』のレギュラーDJをやっていた訳でもない。全国区で見れば彼の認知度はそこまで高いとは言えず、結果的に『ロンバケ』はオリコンが集計する1981年・年間アルバムチャートの二位まで行ったものの、その売れ方はカタツムリの歩みみたいな、地味~なチャート・アクションだった。




あの年の国内音楽シーンを最も席巻したのは決して大詠一ではない。中島みゆきでもなければ横浜銀蝿でもYMOでも松田聖子でもない。シングル「ルビーの指環」「シャドー・シティ」「出航 SASURAI」をチャートのTOP10に送り込み、アルバム『Reflections』が凄まじい勢いでミリオン・セラーになった寺尾聰だったよ、間違いなく。


メインが俳優業である寺尾に強い思い入れを抱いている編集者/ライターなど皆無、ただそれだけの理由で『レコードコレクターズ』は『Reflections』の特集を組もうともしないばかりか、「1981年の頂点は『ロンバケ』だ」などと、うそぶく奴が出てきたりする。誤った情報に騙されちゃいけません。







  すっかり話が脱線したが、偏った音楽ジャーナリズムのせいで1981年における日本の音楽シーンの顔が寺尾聰でなく大詠一にされてしまっているように、あの頃角川~横溝ブームを好ましく思わない人など誰もいなかったかの如く、今の現代人は思い込まされている。そうでもなかったがね、少なくとも私の周りでは。


で、美輪さんが「横溝正史は肥溜めの臭いがする」なんて発言をするとしたら、あたかも正史が乱歩を追い抜いたような風潮にあったあの時期以外に考えられない気がするのだ。徹底して〝粋〟〝洒脱〟なものを好む乱歩贔屓の美輪さんからすれば、(あくまでも推論にすぎないが)金田一耕助や「八つ墓村」みたいなのが罷り通るのは腹立たしかったんじゃなかろうか。



「横溝正史は肥溜めの臭いがする」の話題で、こんなにスペースを費やしてしまった。
残りは次回へつづく。








(銀) 立教大学/江戸川乱歩記念大衆文化研究センターが行った十八組のインタビューは『乱歩を探して』という単行本に収録され、もうすぐ発売とのこと。



















美輪さんもねえ、乱歩について度々語る機会があったのだから、美輪さんフリークの編集者が一肌脱いで、乱歩や「黒蜥蜴」及びその周辺にテーマを絞り、美輪さんの過去の証言を整理した上で、一冊の書籍に纏めてコンプリートしてみる、なんてのはどうだろう?
もしくは美輪さんが元気なうちに、乱歩についての超ロング・インタビューを敢行するとか。
でも美輪さんの年齢と体力を考慮すると後者は難しそうだし、
なにより、そのような企画を引き受けてくれるかどうか・・・。