今回の新刊『夢の扉』はシュオッブ作品日本語旧訳の中から制作サイドが優れていると見做したものをセレクトしていて、マルセル・シュオッブ・ベスト・セレクションみたいな意味合いとはちょっと違うと思う。仮にもし、好きなシュオッブ作品を選べと私が云われたなら、本書冒頭に採られている『架空の伝記』収録作からはあまりピックアップしないだろう。ま、あくまで個人の好みの問題ですがね。
渡辺一夫(訳)
「絵師パオロ・ウッチェロ」「犬儒哲人クラテース」「神となつたエンペドクレス」
「小説家ペトロニウス」「土占師スフラア」
矢野目源一(訳)
「大地炎上」「モッフレエヌの魔宴」「卵物語」「尊者」
鈴木信太郎(訳)
「081号列車」
松室三郎(訳)
「黄金仮面の王」
青柳瑞穂(訳)
「骸骨」
日影丈吉(訳)
「木乃伊つくる女」「ミレーの女達」「睡れる市」
種村季弘(訳)
「吸血鳥」
上田敏(訳)
「浮浪学生の話」「癩病やみの話」「法王の祈禱」
堀口大學(訳)
「遊行僧の話」
山内義雄(訳)
「三人の子供の話」
日夏耿之介(訳)
「三人童子の話」
澁澤龍彦(訳)
「エンペドクレス(抄)」「パオロ・ウッチェロ(抄)」
「解題」執筆者は礒崎純一だから、旧訳の選択を行ったのもきっと彼だと推測する。本書はあの『マルセル・シュオッブ全集』の大ボリュームとそれなりのお値段に恐れをなした市井の人でも買いやすいよう配慮された単行本のように一見みえるが、旧訳を物した顔ぶれへのこだわりが最優先されており、まっさらのシュオッブ・ビギナー(私もほぼそっち側の人間だ)に優しい内容・・・というより、長年シュオッブを欲してきた人にこそ真価が味わえそうな企画だな、と感じた。(美しい挿絵が数点入っているところなどはビギナーにも嬉しいセールス・ポイント。)
渡辺一夫の訳で「神となつたエンペドクレス」「絵師パオロ・ウッチェロ」を収めているのだから、澁澤龍彦に思い入れの無い私などは「わざわざ抄訳を採用してまで同一作品を二度収録するぐらいだったら、別の作品が読みたいな」と思ってしまうけれども、幻想文学界における澁澤信仰ときたらそれはそれは鼻白むほど強力だし、シュオッブを叩き台にしてそれぞれの訳者の技を楽しんでもらう事こそを第一義にしたのであろう。(「三人の子供の話」と「三人童子の話」も元は同じ作品。)
左川ちかが岩波文庫に入るこのご時世だ。マルセル・シュオッブもそのうち文庫になったりするかな。もっとも私がそれを買うかどうかは〝誰がその本をプロデュースしているか〟次第だが。