2023年9月16日土曜日

『二重の影』森下雨村

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ヒラヤマ探偵文庫 30  森下雨村少年少女探偵小説コレクション 1 
2023年9月発売




★★     大震災前後の少年少女小説





「幻の男」     『日本少年』     大正13年1月号掲載

「二重の影」    『少女倶楽部』  大正12年1~4月号掲載





70頁のスリムな本。収められている作品も短篇ひとつに、四回連載とはいえ中篇と呼ぶにはほど遠いものがひとつ。内容的に取り立てて語るべき点は無い。「幻の男」は江戸川乱歩が「怪人二十面相」にて使ったトリックの元ネタであると解説してあるが、乱歩が森下雨村の少年探偵小説を意識して「怪人二十面相」を書いたふしが伺えることは紀田順一郎『乱歩彷徨 なぜ読み継がれるのか』が刊行された際、このBlogで言及済みゆえ、特段目新しい知見でもなく。





月は関東大震災100年。新書などそれを扱った紙メディアが目立ち、またテレビでは特にNHKが次々特集を組んでいた。「NHKスペシャル」「映像の世紀バタフライエフェクト」「クローズアップ現代」など、内容の良し悪しはともかく主要な番組は一通り見たのだけど、NHKが当時の映像を流しつつ「悲惨だ!」「パニックだ!」と煽情的な物言いをするものだから、私の頭の中で疑問が浮かんだ。〝あれだけ東京が壊滅状態になっていたのに、日本の探偵小説に関して震災やその被害状況を克明にスケッチした作品が殆ど存在しないのは何故なんだろう?〟と。天災と探偵小説は食い合わせが悪い?





本書収録作で言えば、「幻の男」が発表される少し前に関東大震災は起きている。森下雨村や博文館がどの程度の被害を受けたのか知るよしもないけれど、この短篇では〝あの恐ろしい震災を機会に東京に入り込んだ強盗団の所為だと堅く信じていた。〟と只一言あるばかり。そりゃあ「幻の男」の場合は子供向けな怪盗の話であり、リアルな震災ネタを作中に持ち込む必要など無いかもしれない。それにしたってつい数ヶ月前、東京に居を構えている人の六割は罹災しているのだから、大人ものであれ少年少女ものであれ、大正1213年に書かれた探偵小説にはもう少し震災直後の描写が見られて当り前だと思うのだが。


私みたいなのは現状を知らぬ後世の人間の感触であって、実際マグニチュード7.9を喰らってエグい体験をした大正の人たちは「地震の恐慌やその後の荒れた光景なんか、小説であれ読みたくも書きたくもない!」とナーバスになっていたのか、もしくは案外どうでもよかったのか、見当が付かない。自分の祖父が生きている時に訊いておけばよかった。





関東大震災をビビッドに描いた数少ない探偵作家の創作小説といえば、海野十三「棺桶の花嫁」ぐらいしか浮かばない。ある意味探偵小説って浮世離れしているし、もっとシニカルかつマクロな目で見るなら、あの大震災は関東以外の地に住んでいる人からすれば対岸の火事に過ぎなかったのかもしれん。罹災していない土地に住む人達へ活字でそういった情報を伝えるのが探偵小説の役目ではないんだし、斯様な理由から大震災の情景を詳しく書き残した探偵小説なんて無いのかな。もしこの時期、震災をジャーナリスティックに取り込んだ探偵小説を書いていたら社会派ミステリの先駆者になれてたぞ、雨村。





褒めたいところも貶したいところも無い本について書くのは結構ムズカシイ。それはいいけど、森下雨村の大人向け創作探偵小説で、90年代以降まだ現行本に一度も入っていないものってどれぐらい残っているのだろう?





(銀) 面白いかどうか読んでみないとわからないが、ヒラヤマ探偵文庫近刊予定に入っている中村進治郎『コント、エッセイ、小説短編集』が待ち遠しい。





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