2021年4月30日金曜日

『雪割草』横溝正史

NEW !

戎光祥出版
2018年3月発売




①  初刊本制作時に不完全だった最終回のテキストが確定





今回の記事は基本、再発された角川文庫版『雪割草』を軸に書いている。幻の長篇だった「雪割草」は最初に出た戎光祥出版のハードカバー本(以下、初刊と略す)を所有してるし、角川文庫版など買う気などサラサラなかったのだが、底本に使われた新聞のマイクロフィルムにて最終回冒頭における一部分の文字がごっそり欠落していたため、初刊では仕方なく浜田知明が欠落箇所を推測して埋める処置を施していた。つまり横溝正史が書いた本来のテキストの完全な復刻ではなかったのだ。

もっとも、正史の著書は昭和末期から今に至るまで、角川書店をはじめ各大手出版社による言葉狩りを何度も喰らってきたのだから、テキストの正常な再現がされていないのは今に始まった事ではない。「死仮面」なんて未だに一度も正しい形で再発されていない体たらくだし、ただ「情けない」と冷笑するばかり。 

 

 

で、「雪割草」最終回の欠落していた部分が首尾よく判明し、今回の角川文庫版(以下、本書と略す)を用いて正しい文章へ戻すというので、しぶしぶ入手せざるをえなかった。但し初刊にはあった【校訂通則】【連載予告(作者の言葉)/初めて読まれる方に】、そして『新潟毎日新聞』~『新潟日日新聞』に矢島健三が描いた味わいのある【挿絵】、これらが省かれてしまっている。



                    



それじゃあ小栗虫太郎「亜細亜の旗」の時と同じように、今回、沢田安史が見つけ出した新潟以外の掲載新聞も含む「雪割草」連載紙を一覧にしてみたい。


 

『京都日日新聞』  1940611日~1231日連載

ぴったり大晦日で完結しているのは、編集局側と横溝正史の間で年内に完結させる擦り合わせが滞りなくできていたからだと思われる。
「雪割草」の後に連載されたのは、小栗虫太郎「美しき暁」(「亜細亜の旗」の旧題)。


 

『九州日日新聞』  1940107日~1941715日連載

この新聞のみタイトルが「雪割草」でなく「愛馬召さるゝ日」にされていて、なぜ他の新聞より三~四ヶ月長い連載だったのかも、よく解らない。物語の大詰めで、馬が御国のため供出される重要なシーンがあり、先行紙『京都日日新聞』でその場面へ辿り着くのは『九州日日新聞』が連載を始めて既に二ヶ月経過した頃。まさか九州は雪が少ないから〝「雪割草」じゃなく別の題名にしてほしい〟なんて要望が『九州日日新聞』から出された・・・とは考えにくいけど、いずれにしろ「愛馬召さるゝ日」より「雪割草」のほうがはるかに、この物語の全体像を歪める事なく伝えうるタイトルであるのは、衆目の一致する意見だろう。


 

『徳島毎日新聞』  1941111日(?)~82日連載


 

『新潟毎日新聞』→『新潟日日新聞』  1941612日~1229日連載

初刊本書ともに、テキストの底本として使われているのは、最初に発見されたこの新聞。
途中で掲載紙名が変わっているのは、例の「一県一紙令」が発令されたから。


 

という具合に、現在判明している掲載紙はこれだけ。このように当時は未刊だった新聞小説の場合、後から手を加えられる可能性も考えてやはり後発テキストを優先すべきなのか、それとも、最初のテキスト(「雪割草」でいうと『京都日日新聞』)を重んじるほうが良いのか、判断が難しい。しかし悲しいかな、どの新聞も完全に保存されている訳ではなく、どうしても欠落した回が出てくる。そうなると、なるべく全ての回が揃っている新聞を使って、欠けている回がもし見つかったなら他紙テキストで補う、そういった手順を踏まざるをえない。


 

                    



次に、今回の文庫化で最大の売りとなる〝初刊制作時欠落していた部分のテキスト確定〟だが、本書を見ても最終回のどこの部分が欠落していたのか解りやすいように記してないので、ちょいと長くなるが該当箇所をここに挙げて比べてみよう。本書には収録されていないが、初刊421頁『新潟日日新聞』マイクロフィルム複写図版を見ると、最終回の数行にわたる上部数文字がゴッソリ空白になっているのが確認できる。



下の【初刊】テキストで色付けした部分が、
本来のあるべき【本書】テキストとは異なっていた箇所。


 

【初刊】  407頁下段 「花の宴」(八)

昨日、楓香先生の奥さんがいらしてくださったのね。どこでお聞きになったのでしょうか、
餞別だといわれて、本当に沢山のものを頂戴したのよ」
爲子は驚いてしばらくは言葉が出なかった
わりに仁吾が感慨ふかく呟くのだった
「そういう人なんだよ、あの人は。そうして何事も徹底しなければいられない性質なんだ
ああいう人がこうと決めとすれば、こちらは従うしかない。木實さん」
改って
「僕からもお願いします。その餞別は快く受取っておいて下さい」
頭を下げる
木實は声を昴めて、
「あたし余りに嬉しかったので、餞別を頂戴したのが嬉しかったというより畏れ多くて。あたしのような者にまで、気を配って下さる。というのも、つまりはそれだけ、奥さんは有爲子さんがお気に召しているのだと思って仇やおろそかには受取れませんでしたの」


 

【本書】  567頁 「花の宴」(八)

「ええ、楓香先生の奥さんがいらして下さいましてね。どこでお聞きになったのですか、餞別だといって、ずいぶん沢山のものを頂戴したんですよ」
「まあ!」
有爲子も仁吾もしばらくは言葉もなかった。
やがて仁吾が感慨ふかく呟くのである。
「そういう人なんだよ、あの人は・・・・・恩讐ともに徹底しなければいられない性質なんだ。ああいう人に怨みを買ったとすれば、こちらが悪かったのだ。木實さん」
「はい」
「僕からもお願いします。その餞別は快くおさめておいて下さい」
「ええ」
木實も力をこめて、
「あたしも実は嬉しかったので。いいえ、戴きものが嬉しかったという意味ではなくて、あたしのような者にまで、気を配って下さる。というのも、つまりはそれだけ、奥さまに有爲子さんがお気に召しているのだと思って仇やおろそかには受取れませんでしたの」


(注/下線部の箇所は【初刊】【本書】のどちらが正しいのか、新聞のマイクロフィルムを見てみないと判断できない)


 

 

こうして見ると浜田知明が埋めたテキストは、殆ど的中していないのがよく解る。
我々に馴染み深い戦前の正史作品以上に、「雪割草」では旧くて美しい言葉遣いがされており、正史オタの浜田のみならず、現代人がその文体を真似するなんて土台無理な話だったのだ。




(銀) 以上、書誌データを書くのに思ったよりスペースをとってしまった。内容その他の話題は明日。(☜)につづく。