2023年10月1日日曜日

『横溝正史「犬神家の一族」草稿(二松学舎大学所蔵)翻刻』近藤弘子/品田亜美/山口直孝(編)

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二松学舎大学山口直孝研究室 解ブックレット〇〇Ⅲ
2023年5月頒布



★★★    犯人を誰にするか、正史は模索していた




二松学舎大学は2022年、所蔵している横溝正史旧蔵資料のうち原稿・草稿類をデジタルデータ化。『オンライン版 二松学舎大学所蔵 横溝正史旧蔵資料』と題してアーカイヴ・データを発売したのは知っていたが、なんせフィジカルな豪華文献でもないのに価格が税抜三十万円という代物。学術機関のみの販売だそうだが、希望すれば個人にも売ってくれるのかな?その辺よく解らないし、私には縁の無い話だった。




そんなアーカイヴ・データの中から、「犬神家の一族」の草稿だと確認が取れた一五七点をピックアップして小冊子にまとめたのがコレ。当然横溝家に残存していたのは最終完成形原稿ではなく、反故(=書き損じ)になったものばかり。しかも物語の序盤、犬神家の人々を前にして古舘弁護士が遺言状を読み上げるあたりまでしか草稿は残っていない。




正史は遺産を争うストーリーにしようと思い立ち、いつもの創作スタイルとは違って系図や年表を準備する。「古舘弁護士」の章に注意を向けると、最終完成形テキストにて〝若林豊一郎を殺した人物は〟と記述されている箇所が、本書52ページの草稿段階ではまだ〝若林豊一郎を殺したは〟になっていて、「犬神家」の連載終了後「殺される人間はきまっていても、さて、犯人を誰にするか、ハッキリ考えがまとまっていなかった。」とエッセイにて内幕を語っていた正史の言葉が裏付けられ、「なるほどなるほど」と思わず膝を打ってしまうのである。

 

 

34ページの草稿を見ると、犬神佐兵衛翁の三人の娘たちの名前が(峯という字を消して)松子・(竹子という字を右横に並べつつ)岸江・濱子に、84ページの草稿では青沼静馬の母の名が青沼梅代乃になっている(後者は読み取りミスで正しくは青沼梅乃じゃない?)。本書は上段に草稿図版、下段にその翻刻が記されているのだが、草稿図版だけ見て、書かれている文字を紙面上で読み取るのはなかなか難しい。オリジナルのデジタルデータだったら、くっきり見えるのだろうか?

 

 

内容からして、ここに翻刻された草稿内容は将来再発されてゆく「犬神家の一族」テキストに反映されるべきものではないが、初出誌発表に至るまでの過程を知る意味では、正史の試行錯誤がいろいろ発見できる。

 

 

 

(銀) 三十万円のアーカイヴ・データってどれぐらいのデータ量なんだろう?オンライン版と謳っているのだからユーザーはディスクなどといったメディアで入手するんじゃなくて、単なるアクセス権の購入ってこと?




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