2023年9月7日木曜日

『忍術三四郎』関川周

NEW !

文芸評論社
1956年1月発売


★      結末欠落
  



 大事なことなんで初っ端から書いておこう。この『忍術三四郎』、大詰めに近付いたところでいきなり話が終わってしまって結末が解らないという、実にフザけた本なのだ。これについては北原尚彦がネットに書いているが、落丁云々ではなく元からそういう風になっているらしい。





本書刊行の数ヶ月前に監督:小沢茂弘/主演:波島進で『忍術三四郎』は映画化されており、それで何かしらの煽りを食った?だとしても、これはないよな。本作は二年後に『乳房祭』という別のタイトルで十頁程度のエンディングを加えて再発されているそうで、そちらは未読。ていうか、ちゃんと結末が収録されていれば読む価値があるかと言うと、単にグダグダしているだけのイカモノ小説でしかなく、昔『忍術三四郎』を初めて読んで以来、「『乳房祭』を探し出して、どうしても結末を知りたい!」なんて思ったことがない。

 

 

 病身で寝たきりな恋人ルミの治療費を捻出すべく、主人公・女々良三四郎は自分自身を十萬円で売ろうと首からビラをぶら下げて繁華街を歩く。そこで出会った謎の怪老人・由駄は金を提供する代わりに、三四郎を時間限定で透明人間にする実験の材料にしてしまう。三四郎と由駄老人の間にはそれなりの信頼関係ができ、老人自らの透明化も目的にしているので、とかく拘束されてはいるが三四郎は決して囚われの身ではない。まず、この曖昧なユルさからしてどうだろう?

 

 

ルミには沙美という姉がいて、彼女たちの父・川端誠之進は隠棲こそしているが元は立派な政界人だった。かつて誠之進の秘書として仕え、今では得体の知れぬ政治結社の黒幕にのし上がっている黒矢亀造が党首として誠之進を迎えたいと度々訪ねてくるも、誠之進は固辞。その後、誠之進は娘たちの前から姿を消してしまう。この黒矢亀造が悪役として据えられている上、背後にもうひとり黒矢を操るキャラもいて、しっかりプロットを組み立てていれば面白くなりそうな要素はなくはない。

 

 

 ところが肝心の女々良三四郎、由駄老人に透明人間化されて、〝忍術使い〟としてスーパーマンやバットマンのように黒矢亀造一味と戦うのかと思いきや、すぐ酒に酔ってしまうばかりか主役なのにちっとも活躍の場が回ってこない。むしろ〝忍術使い〟としてのアクションを見せるのはルミのそばにいる浮浪児・甲助のほう。これでは誰が主役なのか、よくわからん。

 

 

他にも章題を見ると、或る登場人物の過去に秘密が隠されていそうだけど、肝心の結末が載っていないものだから、それも分からず終い。参考までに映画もソフト化はされてないが、そちらの結末はどうなってるんだろうね(ま、どうでもいいか)。関川周は昭和15年にデビューした作家で、最初のうちはイロモノ作品など書きそうな気配はなかった。昭和30年代には『ドヤ街』とか風俗ミステリみたいなものも発表しているが、『忍術三四郎』は彼の中でも最大の珍作であり、駄作だろうなあ。

 


 

(銀) 例によって今後、盛林堂書房が北原尚彦や森英俊あたりと組み、「エンディングありの『忍術三四郎』完全版!」などと言って『乳房祭』を復刊したりすることがあるかもしれない。本当につまらないんで、ムダに金を失わないようご用心。




■ 昭和30年代貸本小説 関連記事 ■















2023年9月6日水曜日

『推理文壇戦後史〈Ⅰ〉』山村正夫

NEW !

双葉文庫
1984年4月発売


★★★★★   復刊するすると論創社が吹聴しながら
               口だけで終わってしまったもの




『推理文壇戦後史』シリーズは単行本で〈Ⅰ〉~〈Ⅳ〉まで刊行されたけれど、その後双葉文庫に入る際〈Ⅳ〉だけは文庫化されなかった。山村正夫が直に接してき探偵作家ひとりひとりの項を立てて一冊の本にしたのが『わが懐旧的探偵作家論』だとすると(最下段の関連記事リンクを見よ)、こちらは年度を追って個人の話題に捉われる事なく探偵小説界に起きたトピックについて著者の視点や体験を交えながら書き連ねた、業界ドキュメンタリーとも呼べる内容。





本書〈Ⅰ〉にて語られている事柄のうち、それほど有名でもないネタを拾っておくと、戦後に様々なグループが生まれた中で阿部主計/二宮英三/渡辺健治(ママ)/中島河太郎/萩原光雄/古沢仁/楠田匡介らの集まりは辛辣な批評というか悪口を臆面もなく発していたので、「青酸カリグループ」という物騒な名称が付けられたそうだ。





他にも〝あとむF〟と名乗る挑発的な探偵文壇時評を書く匿名者が現れ、探偵作家達にキツめの発言を投げかけた。その正体は木々高太郎。そういう発言をする者が業界内におり、しかもあの「抜打座談会」に象徴される本格派vs文学派対立の火種は続いていたから、高木彬光にとって大坪砂男だけでなく年長の木々も憎悪の標的になる。





それから先日このBlogで取り上げた島田一男『中国大陸横断〈満洲日報時代の思い出〉』(☜)に関する逸話もある。島田は敗戦後内地に戻ってくると『大陸情報通信』というガリ版刷りの地下新聞を発行、この新聞は五月蠅い検閲を無視して引揚者ニュースや進駐軍誹謗の記事を載せるため、たびたび進駐軍とバトルに。『満洲日報』の関係者が内地に引き揚げてくれば彼らの就職活動のために自分の生活は棚に上げて奔走した硬骨漢・島田一男が探偵小説に取り組むのは『宝石』創刊後のこと。





〈Ⅰ〉の後半は大坪砂男に関する項が多いので、大坪の読者は読んでおいたほうがいい。私にはたいして重要な活動ではないが、昔の探偵作家たちは嬉々として文士劇に興じることもあり、江戸川乱歩一座の内幕を記して本書はclose。こういうのを書き残すってのは文学座に居た山村正夫の趣味っぽい。






(銀) こちらのtwitterのスクショを見てほしい。
















これだけ論創社と日下三蔵は『推理文壇戦後史』シリーズを復刊すると言っておきながら、この話はすっかり無かったことにされている。発売を楽しみに待っていた人達は今頃どう思っているのか、一度でも考えたことがあるのか是非訊いてみたい。原稿データをほぼ仕上げ発売直前までこぎ着けている訳でもないのに、調子に乗ってユーザーを煽り立ててばかりいるからこのザマだ。




制作サイドが「論創ミステリ・ライブラリ」と呼んでいるシリーズの第一弾・鮎川哲也『幻の探偵作家を求めて【完全版】』の編集方針が疑義の念を抱くものだったために(私以外からの購入者からも)批判を浴び、すっかりつむじを曲げて彼らはこの企画を放棄した・・・と思っていたけれど、上に挙げた(三番目の)論創社が出したツイートを見ると、少なくとも2021年4月まではまだ『推理文壇戦後史』シリーズを出したい気持ちが一応残っていたのか。イヤ、おそらく口先だけだろうな。





■ 山村正夫 関連記事 ■














2023年9月4日月曜日

『挿絵画壇の鬼才/岩田専太郎』松本品子/弥生美術館(編)

NEW !

河出書房新社 らんぷの本
2006年1月発売



★★★   『岩田専太郎 探偵小説挿絵画集』を切望す
 



岩田専太郎イコール美人画あるいは時代小説の名挿絵画家、このパブリック・イメージに固定されすぎてはいないか?昭和時代に刊行された個人画集がそういうテーマばかりだった弊害もあってか、彼の絵の鑑賞については和風かつ叙情的な見方に偏ったまま現在まで来ている気がする。クールなmodernityが彼のセンスにあったからこそ、時代小説作品における挿絵もあれだけウケたのに。(例えば田中比佐良あたりのヤボったい挿絵と比べてみるといい)




影やホリゾントを活かしたシアトリカルで洗練の極みにあるそのタッチは時代小説以上に現代小説、特に謎や疑惑を内包する探偵小説こそjust fitするものだと私は考えてやまない。ところが、専太郎が探偵小説に提供した挿絵に特化した画集が制作されるどころか、新しい鑑賞姿勢やアイディアを口にする人からして誰もいない。例の創元推理文庫「乱歩傑作選」のいくつかの巻など専太郎の挿絵が収録されている本が無い訳ではないが、あれだけではなんとも物足りぬ。美麗でセンシティヴな探偵小説画集として纏められた彼の挿絵に向き合ってみたい。私と同じ思いの方はいませんかね?




✿    ✿    ✿    ✿    ✿    ✿    ✿




今は市場から姿を消してしまっているようだが、2006年に開催された「岩田専太郎展」のプログラムとして弥生美術館が尽力したこのムック本は一つのジャンルに偏向せぬよう、総体的な作りでそれなりに頑張っていると思う。だが如何せん、130頁弱のボリュームでもってマニアックな部分まで掘り下げるのはどうにも無理だし、巻末に専太郎が挿絵を描いた小説のリストが載っているが、それを発表媒体別に分類するのはいいとして、どういう訳か博文館の雑誌がノー・チェックだったり、これでは貧弱。探偵小説のジャンルだけで追ってみても、漏れている作品は沢山ある。




竹中英太郎には竹中労/竹中紫といった家族の献身的なパブリシティがあって、静かにニーズを生み続けてきた。知名度は英太郎よりも上な筈なのに、岩田専太郎には良いキュレーターがいないので、素晴らしい仕事の価値が正しく伝承されているとは到底言い難い。だからこそ英太郎の『百怪、我ガ腸ニ入ル』に匹敵する〝岩田専太郎探偵小説挿絵画集〟がどうしても欲しい。

 

 

 

(銀) 昔の挿絵原画は専太郎にかかわらず残存しているものは非常に限られてはいる。でも現代の複写・印刷技術を持ってすれば、原画はなくとも初出誌の挿絵をそれなりの解像度で美しく提供してみせる事は不可能じゃない。要はキュレーターの存在、そしてその人のやる気次第なのだが・・・。




   岩田専太郎 関連記事 ■



 







2023年9月2日土曜日

『芙蓉屋敷の秘密』横溝正史

NEW !

春陽堂書店  日本小説文庫(探偵小説篇)
1936年11月発売



★★★★   博文館在籍時のモラトリアム作品




専業作家として独り立ちする以前、博文館編集者だった時代の横溝正史作品を読むと、小器用さこそあるけれど、登場人物の色付けまでは、まだ手が回ってなさそうな感じはする。「芙蓉屋敷の秘密」の探偵役・都築欣哉は子爵の次男坊にあたる実に家柄の良い青年で、由利・三津木コンビや金田一とは全然共通項が無い。作者はこの青年私立探偵がピンと来なかったのか、都築欣哉の事件がシリーズ化されることはなかった。余談はさておき、この本の収録作品を発表順に並べ変えてみると、若かりし正史の興味の矛先がぼんやり見えてくる。





 「裏切る時計」  大正15年2月/『新青年』発表 

本作のみ博文館入社前の作。入社法学士を経て貿易商に勤務と、順調なコースを歩んでいた河田市太郎だったが、景気悪化に伴い不正事業に手を染める。しかも、交際相手の山内りん子にすっかり厭きてしまって殺害。話の主軸はアリバイ崩壊、そこに皮肉な勘違いを一枚噛ませている。






 「富籤紳士」  昭和2年3月/『週刊朝日』発表

千人もの縁遠そうな未婚女性たちが会員登録している〝富籤結婚倶楽部〟。彼女らが一枚百圓の富籤を買い、それによってプールされる十萬圓に対し、十二枚の當り籤が用意される。運良く當り籤を引いた女性はパートナーとなる男性だけでなく、分配金まで与えられる奇妙なシステム。高砂屋のお主婦によって並河三郎は男性パートナー十二人のうちのひとりに推薦されるが・・・なんということもないコント風の内容。





 「ネクタイ綺譚」  昭和2年4月/『新青年』発表

同じくコント風。〝元来、黄色といふものは、あまり人に好かれない色である。〟という一文があるけれど、昔の人の感覚かしらん?もしくは正史自身の趣味?






 「双生兒」  昭和4年2月/『新青年』発表

江戸川乱歩作「双生兒」に挑戦するかのように同じタイトルかつ似た素材で書かれた短篇。初出時には〝A sequel to the story of same subject by Mr. Rampo Edogawa〟の一文が添えられていたけれど、本書では省略されている。妻が自分の夫になりすました別の男と閨房を共にする恐怖がメインだが、六年後に発表される「鬼火」の主役である代助と万造のいがみ合いを思い起こせば、あれは本作の双生兒/尾崎唯介・徹の影をどことなく引き摺っているように見えなくもない。






 「赤い水泳着」  昭和4年8月/『アサヒグラフ』発表

正史は鎌倉住まいだったのもあって、海辺を舞台にした作品がこの頃チラホラ見られる。文中に出てくる〝 崎〟は当然〝稲村ケ崎〟のことだろう。「ネクタイ綺譚」でもそうだったが、色や視覚の趣きはずっとのちの長篇「仮面舞踏会」でも健在。







 「芙蓉屋敷の秘密」  昭和5年5~8月/『新青年』発表

満を持して(?)ホームグラウンド『新青年』に続きものの本格を書くも、習作の域は抜け出せてないかな。前述の「双生兒」とは異なる視点で別人への成りすましに興味を抱いており、その傾向は翌々年の「塙侯爵一家」まで引き摺っている。






 「カリオストロ夫人」  昭和6年5月/『新青年』発表

これまた別種の成りすまし。火遊びから手を引いた画家・城信行青年に対する志摩夫人の復讐を小酒井不木だったらよりリアルな手術描写で表現したのかもしれないが、本作の正史はファジーで幻想チックな怖さに仕上げている。ここでもベッドの中で城信行が相手の異変に気付く点など「双生兒」の残滓あり。






 「女王蜂」  昭和6年5~7月/『文学時代』発表

説明するまでもなく、月琴島や大道寺智子とは何の関係もない別作品。「芙蓉屋敷の秘密」以上に、こちらの或る登場人物のほうが「塙侯爵一家」の人間すり替えに近くなっている。次の箇所が本書終盤では伏字に。
上段は『横溝正史ミステリ短篇コレクション ⑤ 殺人暦』テキスト。下段は本書テキスト。



 その刃物が痩せた腹上をすうと滑るごとに

        ↓

 その刃物が✕✕✕✕上をすうと滑るごとに





 真っ赤な線が縦横無尽に刻まれて

        ↓

 ✕✕な線が縱橫無盡に刻まれて





 矢庭に男の唇に武者ぶりついた

        ↓

 矢庭に男の✕✕✕✕✕✕いた





 霧のように飛び散った真っ赤なものの中で

        ↓

 霧のやうに✕✕✕✕✕✕✕✕の中で






(銀) お伝えしたように、本書収録作品の中には成りすまし/傀儡ネタが次々と出てくるが、本書の企画を春陽堂書店側から依頼された正史が意図的にそういうものを多くセレクトしただけなのか。それとも、この時期の創作意識からして、おもいっきりそっち方面に振れていたのか。正史の深層心理や如何に





■ 横溝正史 関連記事 ■
























2023年8月29日火曜日

『愛國防空小説/空襲警報』海野十三

NEW !

大日本雄辯會講談社 少年倶樂部七月號附錄
1936年6月発売



★★★    日本を襲う者




戦前日本の少年達を熱狂させた雑誌『少年倶樂部』の附録(72頁)として発売されたもの。第一次近衛文麿内閣が「国民精神総動員運動」をブチ上げたのはこの附録本が出た翌年の昭和十二年夏。それよりも前から海野十三は、もしも他国から空襲を受けたら我々日本人はどうするのかというテーマで昭和七年に「空襲葬送曲」昭和八年には「空襲下の日本」「空ゆかば」を執筆していた。




この『空襲警報』はS国、つまりソ連による日本への攻撃を想定して書かれているのだが、「ん?なんでソ連が?」と思う方もおられよう。これについては三一書房版『海野十三全集第四巻 十八時の音楽浴』、瀬名尭彦の解説が詳しい。簡単に言えば、満洲事変以降ソ連は極東での軍備を強化したため航空兵力が侮れないものになり、決して東京空爆もあり得ない話ではなくなっていた。その辺の国防意識を児童にも知らしめるべく、海野は率先してこのような作品を書いたのであろう。いま彼が生きていたら討論番組や情報番組のコメンテーターやらでテレビに引っ張り出されているのかも。海野って人が良さそうで、断ったほうがいいに決まってるゲスなオファーも快く受けちゃうよなあ。




『空襲警報』は姉の嫁いだ川村國彦陸軍中尉の住まいがある新潟の直江津に弟の旗男少年が夏休みを利用して遊びに行っているところ、バタ屋に化け伝染病菌をばら撒く不審者を発見するシーンから始まる。その不審者はS国人ではなく東洋人。中国人を示唆しているとしか考えられない。その後ラジオの緊急ニュースが「S国機が内地を空襲するため接近中」と放送、一気にストーリーはパニック状態へ。旗男少年は姉に諭され病身の父母を守るため東京行きの列車に飛び乗るが、その道中においても空から散布された毒瓦斯が降ってくる。

 

 

執筆の主旨からして日本軍より庶民の姿を中心に書かれており、フィクションとはいえこういった空襲の際でも流言飛語が発生して余計に事態を悪化させているのが目に付く。実際に数年後、日本本土を空襲するのはアメリカ。我々は大東亜戦争の末路を知っているだけに、資源も無いのだからこのあたりで無謀な戦争は止めておくべきだった・・・とかありきたりな事しか言えないがしかし、本作に関する書誌問題だけはしっかり書いとかなくちゃね。

 

 

ずっと言い続けているように『海野十三全集』に限ったことではなく、三一書房の本は言葉狩りが酷い。本日紹介している初出ヴァージョンの「空襲警報」にて普通に使われている〝満洲〟〝気違病院〟といったワードが『海野十三全集第四巻 十八時の音楽浴』では一切合切消し去られている。〝不具者は非戦闘員ですね〟という旗男少年の言葉も跡形も無い。解説パートはいいけれど本編は話にならず、復刊を行う版元の姿勢としては失格。

 

 

 

(銀) 海野と同じスタンスとは言えないが、直木三十五も満州事変後に『日本の戦慄』という著書を発表している。当Blogで扱う対象に該当するかどうか何とも言えない作品だが、いつか取り上げてみるかもしれない。






2023年8月27日日曜日

『續人譽幻談/水の底』伊藤人譽

NEW !

龜鳴屋
2008年1月発売



★★★★   盛林堂と日下三蔵が出した『ガールフレンド』より
         こっちのほうがずっと持っている価値あり





「気味のわるい小説を書く叔父さま」・・・藤人誉の義理の姪に当たる女性が彼のことをそう言ったそうだ。1913年(大正2年)生まれということは年齢的に大阪圭吉の一つ下。あの世代の人だと知って作品を読むと、また味わいも増してくるかもしれない。彼の書いたものを人はミステリ/怪談/幻想小説ではなく〝幻談〟と呼ぶ。




龜鳴屋HPを見ると、この『續人譽幻談/水の底』はまだ在庫が残っており、今でも買えるらしいので、まだ読んだことがない方のために紹介しておきたい。日下三蔵が底本協力し、先日盛林堂ミステリアス文庫が出した『ガールフレンド/伊藤人誉ミステリ作品集』(☜)は好感を抱けるようなものではなかった。あれに比べたら本書のほうが内容的にも造本的にも格段優れており、興味のある方は龜鳴屋に通販で注文して是非手に取ってみるといい。




ここに収められている作品にも〝性〟の香りを発しているものがある。「溶解」は主人公の男と山中の自然しか出てこないのに、なんとも蠱惑的な世界が広がる。「水の底」では医者である語り手の〝わたし〟が住む建物の五階の住人・永本誠一が「娘とふたりで居るとどうにもならなくなって、絞め殺しそうになるので助けて下さい」と縋ってくる。彼の苦悩を表現するにあたって単なるキチガイ扱いになりそうなスレスレのところを微妙に躱しているのが特徴。

 

 

エッセイ然とした「ふしぎの国」、散骨を題材にコクトーを思わせる海のファンタジーを描いた「肌のぬくもり」は掌編。「落ちてくる!」はブラック・ジョーク的要素もなくはないが、老女の死後を語るエピローグはそこに至るまでの病室シーンと若干釣り合っていない気もする。

 

 

最後の一行に決め球のフォーク・ボールを投げ込んだような「鏡の中の顔」も掌編。「夜の爪」は男と女の性愛の話だが、しんねりむっつりとした女の描写が怖い。爪の伸びる擬音を〝にっ〟と表現しているのもなんだか背中がムズムズする。

 

 

最後の「われても末に」は最も枚数があり、ほぼ中篇。人誉からすると一番難産だったそうで、「半世紀も苦吟していたため最初の思惑とは大きな隔たりを生み、なめらかさを乱しているような思いのする個所もある」と語っている。確かに結末に向けてまっしぐらという風情ではなく、やや振れ幅があるのは否めないものの、読み終えて不満みたいなものは一切湧かなかった。

 

 

巻末には松山巖が寄稿した「魔賊の囁き」添えられているが、これが適任の人選による心地良い文章で、レアだの稀少だのとセコいことしか解説に書けない日下三蔵とは雲泥の差なのが一目瞭然。同じ作者の本でも作り手の品性によってこうも印象が違うものかと思わせてくれる一冊である。

 

 

 

(銀) 本書は五百十四部限定制作。本文360頁、A5変刑上製本で3,124円(税抜2,840円)。真っ白な堅表紙は読めば読むだけ、ともすると手垢が付いてしまったり雑に書棚に置いといたらヤケて変色してしまいそうだから、そこはデリケートに扱いたい。



   非探偵作家 関連記事 ■













2023年8月25日金曜日

『八角関係』覆面冠者

NEW !

論創ノベルス004
2023年8月発売



★★★★  〝バッタもん〟なりの美味





作者の正体が誰か解らなくて、推理雑誌ではないカストリ誌『オール・ロマンス』に連載されていたからか、今まで好事家の話題にのぼる事もなかったこの本格長篇。有閑な河内家の三夫婦が暮す広壮極まる洋館に野上夫婦も移り住み、八人の男女が同居するようになったのだが、表向きとは裏腹に四組の夫婦とも(それぞれ程度はまちまちながら)相思相愛とはいえず、情欲に心溺れてゆく。





   河内秀夫

【河内三兄弟の長男。三十五才。妻は鮎子。正子を欲している。】

 

   河内鮎子

【二十五才。夫は秀夫。野上丈助によろめく。】

 

   河内信義

【河内三兄弟の次男。三十二才。妻は正子。洋子を欲している。】

 

  河内正子

【二十二才。貞子洋子正子三姉妹の三女。付き纏う義兄・秀夫を迷惑に思いつつも・・・。】

 

   河内俊作

【河内三兄弟の三男。二十九才。妻は洋子。貞子を欲している。】

 

   河内洋子

【二十六才。貞子洋子正子三姉妹の次女。夫・俊作の冷たい態度に悩み惑う。】

 

   野上丈助

【捜査課警部補。三十四才。妻は貞子。鮎子に惹かれ警察を辞めてしまう。】

 

   野上貞子

【貞子洋子正子三姉妹の長女。女流探偵作家。三十才。夫は丈助。女の扱いが幼い俊作の求愛を適度にあしらっているが・・・。】





連載時には〈愛欲変態推理小説〉の角書きが付いていたそうだが、ヘンタイっぽい下種なシーンは無い。むしろ官能小説の様相を見せつつ馬鹿馬鹿しいほどに男と女が絡み合うので、だんだんエロいムードを通り越して、コントを見せられている気にもなる。パートナー以外の身近な異性に常時ムラムラしていられるんだから、この人たちきっと毎日楽しいだろうなあ~。何故彼らがこんな事になっているのか、その理由は最後に明かされるのだけど。

 

 

本格ミステリとして攻めているとはいえ、ある程度海外ミステリを嗜んだ人からすると、どこかで見たようなトリックのアレンジが繰り出されているのにすぐ気付く筈。カバー表紙に犬の横顔が刷り込まれているのは読者へのヒントの一つ。二十頁もある横井司による解説は読みがいがあり、その中で本作を執筆した作家の有力候補として「十二人の抹殺者」を書いた輪堂寺耀の名を挙げている。

 

 

或る邸の中で大人数の身内に次々犠牲者が発生するところなどは成程「十二人の抹殺者」に近いものを感じる。ただ、下段にリンクを張っている過去の当Blog記事にて取り上げた輪堂寺耀作品と比べたら、この「八角関係」のほうがより読みやすく小綺麗な文章に思えるのは気のせいか?解説のあとの〈註〉も横井司が書いているらしく、〈註11〉ではこれまで若狭邦男が記してきた輪堂寺耀に関する情報の中には眉唾な部分があると指摘。まさにそのとおりで普通に国語の読解力がある人なら若狭の書くものにはあやふやな部分が多すぎることに気付かないほうがおかしいのだ。

 

 

作品自体は「十二人の抹殺者」同様にバッタもん臭が濃厚だけど、発売する価値は多いにあると思う。でもねえ、相変わらずの論創社クオリティというか、解説の文中にて〝愛子〟という名前が散見されるのだが、そんな登場人物は出てこない。すべて鮎子をタイプミスしたものである。本編はせっせと校正しても巻末部分でやらかしてしまうのがここの編集部。

 

 

 

(銀) この三年以内に出た論創社の日本探偵小説本の中では一番面白かった。少し前だったら「★5つ以上!」などと言って褒めていただろう。でも残念ながら、これ一冊出したところであの会社が失った信頼は一気に取り戻せるものでもない。まったく出なくなった論創ミステリ叢書、何がしたかったのかよく解らない論創ミステリ・ライブラリ、何度も高木彬光を出すと言いながら一向に発売されぬ少年小説コレクション。黒田明の〝出す出す詐欺〟ツイートはいったいどういうつもりで発信しているのか?

 

 

この『八角関係』が属する〈論創ノベルス〉は例の公募企画「論創ミステリ大賞」のために用意されたそうで。第一回大賞受賞作の本は売れているのだろうか。今回の『八角関係』、横井司が見つけ出したのなら労いの言葉をかけたいけれども、初出誌が『オール・ロマンス』だと聞くとカストリ雑誌やエロ系が大好物な黒田明が発見して鬼の首でも取ったように推したのかもしれないし、喜べるものもあんまり喜ばしく思えなくなる。

 

 

『八角関係』の作者・覆面冠者をBlogのラベル(=タグ)分類上どう扱うか少し迷った。横井司の推測も十分頷けるし、いっそ〝輪堂寺耀〟ラベル内に収めてしまおうかとも考えたが、決定打に欠けるところもあり当面は〝覆面冠者〟として扱うことにした。





■ 正体不明な日本探偵作家 関連記事 ■