◘ 「裏切る時計」 大正15年2月/『新青年』発表
執筆の主旨からして日本軍より庶民の姿を中心に書かれており、フィクションとはいえこういった空襲の際でも流言飛語が発生して余計に事態を悪化させているのが目に付く。実際に数年後、日本本土を空襲するのはアメリカ。我々は大東亜戦争の末路を知っているだけに、資源も無いのだからこのあたりで無謀な戦争は止めておくべきだった・・・とかありきたりな事しか言えないがしかし、本作に関する書誌問題だけはしっかり書いとかなくちゃね。
ずっと言い続けているように『海野十三全集』に限ったことではなく、三一書房の本は言葉狩りが酷い。本日紹介している初出ヴァージョンの「空襲警報」にて普通に使われている〝満洲〟〝気違病院〟といったワードが『海野十三全集第四巻 十八時の音楽浴』では一切合切消し去られている。〝不具者は非戦闘員ですね〟という旗男少年の言葉も跡形も無い。解説パートはいいけれど本編は話にならず、復刊を行う版元の姿勢としては失格。
エッセイ然とした「ふしぎの国」、散骨を題材にコクトーを思わせる海のファンタジーを描いた「肌のぬくもり」は掌編。「落ちてくる!」はブラック・ジョーク的要素もなくはないが、老女の死後を語るエピローグはそこに至るまでの病室シーンと若干釣り合っていない気もする。
最後の一行に決め球のフォーク・ボールを投げ込んだような「鏡の中の顔」も掌編。「夜の爪」は男と女の性愛の話だが、しんねりむっつりとした女の描写が怖い。爪の伸びる擬音を〝にっ〟と表現しているのもなんだか背中がムズムズする。
最後の「われても末に」は最も枚数があり、ほぼ中篇。人誉からすると一番難産だったそうで、「半世紀も苦吟していたため最初の思惑とは大きな隔たりを生み、なめらかさを乱しているような思いのする個所もある」と語っている。確かに結末に向けてまっしぐらという風情ではなく、やや振れ幅があるのは否めないものの、読み終えて不満みたいなものは一切湧かなかった。
巻末には松山巖が寄稿した「魔賊の囁き」が添えられているが、これが適任の人選による心地良い文章で、レアだの稀少だのとセコいことしか解説に書けない日下三蔵とは雲泥の差なのが一目瞭然。同じ作者の本でも作り手の品性によってこうも印象が違うものかと思わせてくれる一冊である。
(銀) 本書は五百十四部限定制作。本文360頁、A5変刑上製本で3,124円(税抜2,840円)。真っ白な堅表紙は読めば読むだけ、ともすると手垢が付いてしまったり雑に書棚に置いといたらヤケて変色してしまいそうだから、そこはデリケートに扱いたい。
■ 河内鮎子
【二十五才。夫は秀夫。野上丈助によろめく。】
■ 河内信義
【河内三兄弟の次男。三十二才。妻は正子。洋子を欲している。】
■ 河内正子
【二十二才。貞子洋子正子三姉妹の三女。付き纏う義兄・秀夫を迷惑に思いつつも・・・。】
■ 河内俊作
【河内三兄弟の三男。二十九才。妻は洋子。貞子を欲している。】
■ 河内洋子
【二十六才。貞子洋子正子三姉妹の次女。夫・俊作の冷たい態度に悩み惑う。】
■ 野上丈助
【捜査課警部補。三十四才。妻は貞子。鮎子に惹かれ警察を辞めてしまう。】
■ 野上貞子
【貞子洋子正子三姉妹の長女。女流探偵作家。三十才。夫は丈助。女の扱いが幼い俊作の求愛を適度にあしらっているが・・・。】
本格ミステリとして攻めているとはいえ、ある程度海外ミステリを嗜んだ人からすると、どこかで見たようなトリックのアレンジが繰り出されているのにすぐ気付く筈。カバー表紙に犬の横顔が刷り込まれているのは読者へのヒントの一つ。二十頁もある横井司による解説は読みがいがあり、その中で本作を執筆した作家の有力候補として「十二人の抹殺者」を書いた輪堂寺耀の名を挙げている。
或る邸の中で大人数の身内に次々犠牲者が発生するところなどは成程「十二人の抹殺者」に近いものを感じる。ただ、下段にリンクを張っている過去の当Blog記事にて取り上げた輪堂寺耀作品と比べたら、この「八角関係」のほうがより読みやすく小綺麗な文章に思えるのは気のせいか?解説のあとの〈註〉も横井司が書いているらしく、〈註11〉ではこれまで若狭邦男が記してきた輪堂寺耀に関する情報の中には眉唾な部分があると指摘。まさにそのとおりで普通に国語の読解力がある人なら若狭の書くものにはあやふやな部分が多すぎることに気付かないほうがおかしいのだ。
作品自体は「十二人の抹殺者」同様にバッタもん臭が濃厚だけど、発売する価値は多いにあると思う。でもねえ、相変わらずの論創社クオリティというか、解説の文中にて〝愛子〟という名前が散見されるのだが、そんな登場人物は出てこない。すべて鮎子をタイプミスしたものである。本編はせっせと校正しても巻末部分でやらかしてしまうのがここの編集部。
(銀) この三年以内に出た論創社の日本探偵小説本の中では一番面白かった。少し前だったら「★5つ以上!」などと言って褒めていただろう。でも残念ながら、これ一冊出したところであの会社が失った信頼は一気に取り戻せるものでもない。まったく出なくなった論創ミステリ叢書、何がしたかったのかよく解らない論創ミステリ・ライブラリ、何度も高木彬光を出すと言いながら一向に発売されぬ少年小説コレクション。黒田明の〝出す出す詐欺〟ツイートはいったいどういうつもりで発信しているのか?
この『八角関係』が属する〈論創ノベルス〉は例の公募企画「論創ミステリ大賞」のために用意されたそうで。第一回大賞受賞作の本は売れているのだろうか。今回の『八角関係』、横井司が見つけ出したのなら労いの言葉をかけたいけれども、初出誌が『オール・ロマンス』だと聞くとカストリ雑誌やエロ系が大好物な黒田明が発見して鬼の首でも取ったように推したのかもしれないし、喜べるものもあんまり喜ばしく思えなくなる。