2020年12月2日水曜日

『獏鸚/名探偵帆村荘六の事件簿』海野十三

2015年8月1日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 日下三蔵(編)
2015年7月発売



★★★★  ベリー・ベスト・オブ・海野十三 その1




『新青年』を中心に発表された海野十三初期傑作短篇のうち、本書は青年探偵帆村荘六シリーズを十篇収録。現実にはありそうもない空想的な犯罪を科学的視点をもって描く。「点眼器殺人事件」などはその最たるもので、なんとも馬鹿馬鹿しい。だがそのコミカルさと、時にはグロに時には辛辣に展開するのが海野の魅力。そして忘れられがちだけど、江戸川乱歩に次いで海野には戦前昭和の懐かしさがあると思うのだ。




さて回二冊刊行されるらしい海野だが、収録作が01年にちくま文庫から出た『三人の双生児』と殆ど重複しており、コアな読者にとっては微妙。本書の中でやや珍しいといえるのは前述の「点眼器殺人事件」ぐらい。ちくま文庫に未収録だった「麻雀殺人事件」「省線電車の射撃手」「ネオン横丁殺人事件」「獏鸚」も三一書房版全集で手軽に読めるものだし。

 

 

帆村荘六の登場する事件はこれ以外にもまだ多くの作品が残っている。東京創元社はミニマムな傑作集で手堅く一般向けな選択を採ったのだろうが、ここは一発、今までにない明確なコンセプトを以って頁数や巻数を増やし、「蠅男」のような大人向け長篇、そしてジュブナイルまでも網羅したコンプリートな帆村荘六シリーズを出してほしかった。

 


本書で良かったところは、「振動魔」の探偵役に帆村荘六ヴァージョンと田部巡査ヴァージョンがあって、どの本にどちらのヴァージョンが載っているかを解説にて一覧にしている点。それと「獏鸚」をあしらった遠藤拓人のカバーイラストもgood

 

 

▲収録作: 

「麻雀殺人事件」「省線電車の射撃手」「ネオン横丁殺人事件」

「振動魔」(帆村ヴァージョン)「爬虫館事件」「赤外線男」

「点眼器殺人事件」「俘囚」「人間灰」「獏鸚」




(銀) 一年経って〈名探偵帆村荘六の事件簿 2 〉となる『蠅男』が発売された。そちらの収録作は「蠅男」「暗号数字」「街の探偵」「千早館の迷路」「断層顔」。それにしてもこんなシュールでSFと探偵小説の畸形児みたいな作品を初めて目にした現代の新しい読者はどのように受け取ったのだろう? 少しでも売れたのなら嬉しいけど。



結果的に海野は翌年の『蠅男』と『深夜の市長』を合わせて計四冊が創元推理文庫からリリースされた訳だが、最初の二冊のセールスが合格点に達したので年を跨いであと二冊分のゴーサインが出た・・・そんな扱いなんだろうな。つまり東京創元社は四冊立て続けに出す程、海野の企画に気合を入れてはいなかったように私には思えた。