1993年3月発売
★★★★★ 挿絵の明智小五郎なら岩田専太郎か
初出誌の挿絵を全収録する創元推理文庫『乱歩傑作選』。こんな贅沢な事ができるのはドイルと江戸川乱歩ぐらいか。テキストの濃密さなら光文社版乱歩全集だが、挿絵の魅力も捨てがたい。本シリーズが着実に版を重ねているのも、この企画が支持を得ている証拠。
「魔術師」の挿絵を手掛けたのは名手・岩田専太郎。流石の出来映えによる美しい線画は明智小五郎のイメージを決定付けた。その後の「怪人二十面相」の小林秀恒、「少年探偵団」の梁川剛一の描く明智は完全に専太郎のそれを引継ぐものだ。「吸血鬼」「妖虫」、そして「人間豹」の冒頭数話も彼の筆による。
本編にも触れておこうか。前作「蜘蛛男」の大好評を受け、昭和5〜6年『講談倶楽部』に連載。生首を乗せて隅田川を漂う獄門舟、時計塔文字盤上の断頭台、舞台で晒し者にされた裸の美女に迫る道化師のダンビラ、そして異様な地下室に映し出される生埋め地獄映画・・・。
正に波瀾万丈、乱歩通俗長篇の中でも一際息詰まる名場面の連続である。
福田得二郎への連続予告や冒頭・終盤の密室殺人の秘密にもう少し納得のいくオチがあればと思うが、それを補って余りある乱歩の「コレデモカ、コレデモカ」な筆の粘りが一気呵成に読ませてくれる。
『乱歩傑作選』は20巻以来音沙汰が無いけれど通俗長編にはまだ「白髪鬼」「地獄の道化師」「偉大なる夢」等が残っている。もし次巻があるなら絶対「目羅博士」(短篇)をプラスして「猟奇の果」をお願いしたい。両作とも専太郎画で初出誌も同じ事だし。
(銀) これだけ小説を引き立てる専太郎の挿絵なのに、聞くところによると現在の著作権継承者が専太郎の絵の使用に対して非常に厳しく(使用料が高いということか?)、この『乱歩傑作選』では無事収録できているが他の本ではあきらめざるをえないケースもあったらしい。たしかに本の友社から出た雑誌『新青年』の全冊復刻版ではなぜか専太郎の挿絵の部分が空白になっていた。どんな事情が絡んでいるのか解らないけれど、専太郎の絵を見る機会が失われるのは大いなる〝芸術的損失〟だ。
『乱歩傑作選』は、その後一向に続巻が出る気配無し。やっぱり戸川安宣が社長でないとなあ。平成時代、東京創元社からさまざまな乱歩本が出たのは戸川のおかげなのだ。彼以外の社長だと日本の探偵小説にあまり積極的じゃないのがなんとも苦々しい。