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龜鳴屋
2008年1月発売
★★★★ 盛林堂と日下三蔵が出した『ガールフレンド』より
こっちのほうがずっと持っている価値あり
「気味のわるい小説を書く叔父さま」、義理の姪に当たる女性が伊藤人誉のことをそう言ったそうだ。1913年(大正2年)生まれということは、年齢的には大阪圭吉の一つ下になる。あの世代の人だと知って作品を読むと、また味わいも増してくるかもしれない。彼の書いたものを人はミステリ/怪談/幻想小説ではなく〝幻談〟と呼ぶ。
龜鳴屋HPを見ると、この『續人譽幻談/水の底』はまだ在庫が残っており今でも買えるらしいので、まだ読んだことがない方のために紹介しておきたい。というのも、日下三蔵が底本協力し先日盛林堂ミステリアス文庫が出した『ガールフレンド/伊藤人誉ミステリ作品集』(☜)は好感を抱けるようなものではなかった。あれに比べたら本書のほうが内容的にも造本的にも格段優れており、興味のある方は龜鳴屋に通販で注文して是非手に取ってみるといい。
ここに収められている作品にも〝性〟の香りを発しているものがある。「溶解」は主人公の男と山中の自然しか出てこないのに、なんとも蠱惑的な世界が広がる。「水の底」では医者である語り手の〝わたし〟が住む建物の五階の住人・永本誠一が「娘とふたりで居るとどうにもならなくなって、絞め殺しそうになるので助けて下さい」と縋ってくる。彼の苦悩を表現するにあたって単なるキチガイ扱いになりそうなスレスレのところを微妙に躱しているのが特徴。
エッセイ然とした「ふしぎの国」と、散骨を題材にコクトーを思わせる海のファンタジーを描いた「肌のぬくもり」は掌編。「落ちてくる!」はブラック・ジョーク的な要素もなくはないが、老女の死後を語るエピローグはそこに至るまでの病室シーンと若干釣り合っていない気もした。
最後の一行に決め球のフォーク・ボールを投げ込んだような「鏡の中の顔」も掌編。「夜の爪」は男と女の性愛の話だが、しんねりむっつりとした女の描写が怖い。爪の伸びる擬音を〝にっ〟と表現しているのもなんだか背中がムズムズする。
最後の「われても末に」は最も枚数があり、ほぼ中篇。人誉からすると一番難産だったそうで、「半世紀も苦吟していたため最初の思惑とは大きな隔たりを生み、なめらかさを乱しているような思いのする個所もある」と語っている。確かに結末に向けてまっしぐらという風情ではなく、やや振れ幅があるのは否めないものの、読み終えて不満みたいなものは一切湧かなかった。
巻末には松山巖が寄稿した「魔賊の囁き」が添えられているが、これが適任の人選による心地良い文章で、レアだの稀少だのとセコいことしか解説に書けない日下三蔵とは雲泥の差なのが一目瞭然。同じ作者の本でも作り手の品性によってこうも印象が違うものかと思わせてくれる一冊である。
(銀) 本書は五百十四部限定制作。本文360頁、A5変刑上製本で3,124円(税抜2,840円)。真っ白な堅表紙は読めば読むだけ、ともすると手垢が付いてしまったり雑に書棚に置いといたらヤケて変色してしまいそうだから、そこはデリケートに扱いたい。
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