1993年1月発売
★★★★ 素晴らしい全集なのに、
なぜ三一書房は言葉狩りなどやってしまったのか
『海野十三敗戦日記』『海野十三戦争小説傑作集』『赤道南下』と、太平洋戦争に関連した海野本の刊行が続いたけれど、この男の真骨頂を心底楽しむならこの全集。荒唐無稽・サイエンス・冒険・グロテスク・警告・ブラックユーモア・エロのカオスを飲み込む全15冊。毛利一枝のブルーグレーな装幀が海野のイメージにピッタリ、贅沢な造本。惜しむらくは愚かなコンプライアンスから不適切とみなされた用語の手入れのみ。紀田順一郎・横田順彌・會津信吾ら錚々たる顔ぶれが揃っていながら編集部の言葉狩りを阻止できなかったのだろうか?三一書房が当時刊行した『少年小説大系』という全集も同じく言葉狩りがされていて、底本としてあそこからテキストを引用するのは決して薦められない。
ところで海野の傑作「振動魔」とか「十八時の音楽浴」とか、全盛期の円谷プロが小説のままに映像化していたらさぞや面白いものが出来ていたと思う。戦前の昭和13年には海野作品「東京要塞」が映画化されたというが、もはやどうあがいても観る事は出来ないのかしらん。
三一書房版『海野十三全集』別巻2にあたる本書の著書目録を見ると、この全集に未収録な作品がまだ相当数ある。海野の故郷徳島県では「海野十三の会」が静かに活動しており平成20年には「日本SFの父海野十三展」が開催された。そのうちに論創ミステリ叢書で採り上げられないか?いやいやそれより文庫で探偵ものだけでも良いので新全集は出ないものか?
(銀) このレビューを書いてから十年が過ぎたが、いまだ海野のレア作品は同人出版レベルでさえも復刻されておらず、戦前の主要作がちらほらと創元推理文庫で出されただけ。今世紀に入ってあれだけマイナーな探偵作家の掘り起こしがされていながら、海野の場合ビッグ・ネームではあるけれど一般知名度は乱歩・正史・久作に比べたらややワンランク下になるのが逆に災いとなって、単行本未収録小説にまで日の目を当ててもらえないという、実に不公平な現象が起きている。