2020年12月13日日曜日

『風花島殺人事件』下村明

2015年6月10日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

戎光祥出版 ミステリ珍本全集⑧ 日下三蔵(編)
2015年6月発売



★★★★★    昭和30年代貸本探偵小説



✪ 古書狂にしか知られておらず探偵小説関連の辞典を見ても経歴不明、謎の作家下村明。執筆活動期は昭和30年代と思しく、著書の傾向を見ると柔道小説 活劇アクション物 本格系探偵小説という道筋を辿ってきている。

 

 

大正11年東京生まれで、収録三長篇「風花島殺人事件」「木乃伊の仮面」「殺戮者」のうち前者二作の初出誌が雑誌『読切倶楽部』だった事しか本書を読んでもわからない。この三作、大なり小なり大分県の描写があるので下村のルーツがそこにあるようにも思える。要するに戦後貸本時代のオールラウンド作家だったのかもしれないが、日下三蔵のように丸投げをせず自分で丁寧な調査をする編者だったら下村の背景がもう少し判明したかも。

 

 

✪ 埋もれた佳作本格長篇として山前譲がかつて紹介した事で好事家に認知されるようになった「風花島殺人事件」。小粒な「獄門島」という評があるそうだが舞台の一方が離島であるだけで「その表現は違うだろ」と読んだ後に感じた。

 

 

事件の幕を切って落とす海上に漂う伝馬船屍体に纏わる幾つかの謎、そして過疎の風花島を襲う颱風の猛威など実にいい味を出している。メジャーな探偵作家にだって登場人物が地味だったり謎の提示・伏線・回収が渾然一体になりきれていない作品はいくらでもある。下村が探偵小説の専業でない以上そんな欠点があっても仕方のない事だし、むしろ大健闘しているとも言えよう。「木乃伊殺人事件」「殺戮者」も人間ドラマ的な起伏が書けているので退屈はしない。

 

 

例えば同じ本格ものに取り組んでいても産業ミステリでサラリーマン臭がある飛鳥高などより、こっちのほうが正直私は楽しい。江戸川乱歩的な健忘症の恐怖を扱った短篇「消された記憶」を追加収録。短篇のリーダビリティも悪くない。他に埋もれた短篇はないのだろうか?

 

 

✪ 月報のエッセイで山前譲が〝「風花島殺人事件」を過大評価し過ぎたのでは〟と失礼ながら読み手が笑ってしまうぐらいに懺悔しておられるが、下村明に光を当ててくれた事に我々が感謝こそすれ、氏がそこまで恐縮する必要は何もない。こういう場合に古書価が高騰する諸悪の根源は買っても読みもしない古本ゴロども、そして悪徳古書店だと相場は決まっているのだから。




(銀) 探偵小説専業でなくて、何者だかよくわからない人が(本格風の)長篇を書いていたりすると、下駄を履かされたり古書の世界で専業探偵作家以上に珍重されたり・・・下村明ばかりでなく、その手の珍品はミステリ珍本全集のターゲットになりやすい。



大分県の描写が多いといってもローカル・ミステリっぽさを感じさせないのも好み(そういえば輪堂寺耀の江良利久一探偵も広島だった)。下村の描く探偵は、名前や性格が記憶に残るような書き方がされていない。意図的にそう書いたのか、そういう風にしか書けなかったのかは神のみぞ知る。