2023年8月25日金曜日

『八角関係』覆面冠者

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論創ノベルス004
2023年8月発売



★★★★  〝バッタもん〟なりの美味




作者の正体が誰か解らなくて、推理雑誌ではないカストリ誌『オール・ロマンス』に連載されていたからか、今まで好事家の話題にのぼる事もなかったこの本格長篇。有閑な河内家の三夫婦が暮す広壮極まる洋館に野上夫婦も移り住み、八人の男女が同居するようになったのだが、表向きとは裏腹に四組の夫婦とも(それぞれ程度はまちまちながら)相思相愛とはいえず、情欲に心溺れてゆく。



   河内秀夫

【河内三兄弟の長男。三十五才。妻は鮎子。正子を欲している。】

 

   河内鮎子

【二十五才。夫は秀夫。野上丈助によろめく。】

 

   河内信義

【河内三兄弟の次男。三十二才。妻は正子。洋子を欲している。】

 

  河内正子

【二十二才。貞子洋子正子三姉妹の三女。付き纏う義兄・秀夫を迷惑に思いつつも・・・。】

 

   河内俊作

【河内三兄弟の三男。二十九才。妻は洋子。貞子を欲している。】

 

   河内洋子

【二十六才。貞子洋子正子三姉妹の次女。夫・俊作の冷たい態度に悩み惑う。】

 

   野上丈助

【捜査課警部補。三十四才。妻は貞子。鮎子に惹かれ警察を辞めてしまう。】

 

   野上貞子

【貞子洋子正子三姉妹の長女。女流探偵作家。三十才。夫は丈助。女の扱いが幼い俊作の求愛を適度にあしらっているが・・・。】





連載時には〈愛欲変態推理小説〉の角書きが付いていたそうだが、ヘンタイっぽい下種なシーンは無い。むしろ官能小説の様相を見せつつ馬鹿馬鹿しいほどに男と女が絡み合うので、だんだんエロいムードを通り越して、コントを見せられている気にもなる。パートナー以外の身近な異性に常時ムラムラしていられるんだから、この人たちきっと毎日楽しいだろうなあ~。何故彼らがこんな事になっているのか、その理由は最後に明かされるのだけど。

 

 

本格ミステリとして攻めているとはいえ、ある程度海外ミステリを嗜んだ人からすると、どこかで見たようなトリックのアレンジが繰り出されているのにすぐ気付く筈。カバー表紙に犬の横顔が刷り込まれているのは読者へのヒントの一つ。二十頁もある横井司による解説は読みがいがあり、その中で本作を執筆した作家の有力候補として「十二人の抹殺者」を書いた輪堂寺耀の名を挙げている。

 

 

或る邸の中で大人数の身内に次々犠牲者が発生するところなどは成程「十二人の抹殺者」に近いものを感じる。ただ、下段にリンクを張っている過去の当Blog記事にて取り上げた輪堂寺耀作品と比べたら、この「八角関係」のほうがより読みやすく小綺麗な文章に思えるのは気のせいか?解説のあとの〈註〉も横井司が書いているらしく、〈註11〉ではこれまで若狭邦男が記してきた輪堂寺耀に関する情報の中には眉唾な部分があると指摘。まさにそのとおりで普通に国語の読解力がある人なら若狭の書くものにはあやふやな部分が多すぎることに気付かないほうがおかしいのだ。

 

 

作品自体は「十二人の抹殺者」同様にバッタもん臭が濃厚だけど、発売する価値は多いにあると思う。でもねえ、相変わらずの論創社クオリティというか、解説の文中にて〝愛子〟という名前が散見されるのだが、そんな登場人物は出てこない。すべて鮎子をタイプミスしたものである。本編はせっせと校正しても巻末部分でやらかしてしまうのがここの編集部。

 

 

 

(銀) この三年以内に出た論創社の日本探偵小説本の中では一番面白かった。少し前だったら「★5つ以上!」などと言って褒めていただろう。でも残念ながら、これ一冊出したところであの会社が失った信頼は一気に取り戻せるものでもない。まったく出なくなった論創ミステリ叢書、何がしたかったのかよく解らない論創ミステリ・ライブラリ、何度も高木彬光を出すと言いながら一向に発売されぬ少年小説コレクション。黒田明の〝出す出す詐欺〟ツイートはいったいどういうつもりで発信しているのか?

 

 

この『八角関係』が属する〈論創ノベルス〉は例の公募企画「論創ミステリ大賞」のために用意されたそうで。第一回大賞受賞作の本は売れているのだろうか。今回の『八角関係』、横井司が見つけ出したのなら労いの言葉をかけたいけれども、初出誌が『オール・ロマンス』だと聞くとカストリ雑誌やエロ系が大好物な黒田明が発見して鬼の首でも取ったように推したのかもしれないし、喜べるものもあんまり喜ばしく思えなくなる。

 

 

『八角関係』の作者・覆面冠者をBlogのラベル(=タグ)分類上どう扱うか少し迷った。横井司の推測も十分頷けるし、いっそ〝輪堂寺耀〟ラベル内に収めてしまおうかとも考えたが、決定打に欠けるところもあり当面は〝覆面冠者〟として扱うことにした。





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