2023年8月29日火曜日

『愛國防空小説/空襲警報』海野十三

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大日本雄辯會講談社 少年倶樂部七月號附錄
1936年6月発売



★★★    日本を襲う者




戦前日本の少年達を熱狂させた雑誌『少年倶樂部』の附録(72頁)として発売されたもの。第一次近衛文麿内閣が「国民精神総動員運動」をブチ上げたのはこの附録本が出た翌年の昭和十二年夏。それよりも前から海野十三は、もしも他国から空襲を受けたら我々日本人はどうするのかというテーマで昭和七年に「空襲葬送曲」昭和八年には「空襲下の日本」「空ゆかば」を執筆していた。




この『空襲警報』はS国、つまりソ連による日本への攻撃を想定して書かれているのだが、「ん?なんでソ連が?」と思う方もおられよう。これについては三一書房版『海野十三全集第四巻 十八時の音楽浴』、瀬名尭彦の解説が詳しい。簡単に言えば、満洲事変以降ソ連は極東での軍備を強化したため航空兵力が侮れないものになり、決して東京空爆もあり得ない話ではなくなっていた。その辺の国防意識を児童にも知らしめるべく、海野は率先してこのような作品を書いたのであろう。いま彼が生きていたら討論番組や情報番組のコメンテーターやらでテレビに引っ張り出されているのかも。海野って人が良さそうで、断ったほうがいいに決まってるゲスなオファーも快く受けちゃうよなあ。




『空襲警報』は姉の嫁いだ川村國彦陸軍中尉の住まいがある新潟の直江津に弟の旗男少年が夏休みを利用して遊びに行っているところ、バタ屋に化け伝染病菌をばら撒く不審者を発見するシーンから始まる。その不審者はS国人ではなく東洋人。中国人を示唆しているとしか考えられない。その後ラジオの緊急ニュースが「S国機が内地を空襲するため接近中」と放送、一気にストーリーはパニック状態へ。旗男少年は姉に諭され病身の父母を守るため東京行きの列車に飛び乗るが、その道中においても空から散布された毒瓦斯が降ってくる。

 

 

執筆の主旨からして日本軍より庶民の姿を中心に書かれており、フィクションとはいえこういった空襲の際でも流言飛語が発生して余計に事態を悪化させているのが目に付く。実際に数年後、日本本土を空襲するのはアメリカ。我々は大東亜戦争の末路を知っているだけに、資源も無いのだからこのあたりで無謀な戦争は止めておくべきだった・・・とかありきたりな事しか言えないがしかし、本作に関する書誌問題だけはしっかり書いとかなくちゃね。

 

 

ずっと言い続けているように『海野十三全集』に限ったことではなく、三一書房の本は言葉狩りが酷い。本日紹介している初出ヴァージョンの「空襲警報」にて普通に使われている〝満洲〟〝気違病院〟といったワードが『海野十三全集第四巻 十八時の音楽浴』では一切合切消し去られている。〝不具者は非戦闘員ですね〟という旗男少年の言葉も跡形も無い。解説パートはいいけれど本編は話にならず、復刊を行う版元の姿勢としては失格。

 

 

 

(銀) 海野と同じスタンスとは言えないが、直木三十五も満州事変後に『日本の戦慄』という著書を発表している。当Blogで扱う対象に該当するかどうか何とも言えない作品だが、いつか取り上げてみるかもしれない。