2023年9月7日木曜日

『忍術三四郎』関川周

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文芸評論社
1956年1月発売


★      結末欠落
  



 大事なことなんで初っ端から書いておこう。この『忍術三四郎』、大詰めに近付いたところでいきなり話が終わってしまって結末が解らないという、実にフザけた本なのだ。これについては北原尚彦がネットに書いているが、落丁云々ではなく元からそういう風になっているらしい。





本書刊行の数ヶ月前に監督:小沢茂弘/主演:波島進で『忍術三四郎』は映画化されており、それで何かしらの煽りを食った?だとしても、これはないよな。本作は二年後に『乳房祭』という別のタイトルで十頁程度のエンディングを加えて再発されているそうで、そちらは未読。ていうか、ちゃんと結末が収録されていれば読む価値があるかと言うと、単にグダグダしているだけのイカモノ小説でしかなく、昔『忍術三四郎』を初めて読んで以来、「『乳房祭』を探し出して、どうしても結末を知りたい!」なんて思ったことがない。

 

 

 病身で寝たきりな恋人ルミの治療費を捻出すべく、主人公・女々良三四郎は自分自身を十萬円で売ろうと首からビラをぶら下げて繁華街を歩く。そこで出会った謎の怪老人・由駄は金を提供する代わりに、三四郎を時間限定で透明人間にする実験の材料にしてしまう。三四郎と由駄老人の間にはそれなりの信頼関係ができ、老人自らの透明化も目的にしているので、とかく拘束されてはいるが三四郎は決して囚われの身ではない。まず、この曖昧なユルさからしてどうだろう?

 

 

ルミには沙美という姉がいて、彼女たちの父・川端誠之進は隠棲こそしているが元は立派な政界人だった。かつて誠之進の秘書として仕え、今では得体の知れぬ政治結社の黒幕にのし上がっている黒矢亀造が党首として誠之進を迎えたいと度々訪ねてくるも、誠之進は固辞。その後、誠之進は娘たちの前から姿を消してしまう。この黒矢亀造が悪役として据えられている上、背後にもうひとり黒矢を操るキャラもいて、しっかりプロットを組み立てていれば面白くなりそうな要素はなくはない。

 

 

 ところが肝心の女々良三四郎、由駄老人に透明人間化されて、〝忍術使い〟としてスーパーマンやバットマンのように黒矢亀造一味と戦うのかと思いきや、すぐ酒に酔ってしまうばかりか主役なのにちっとも活躍の場が回ってこない。むしろ〝忍術使い〟としてのアクションを見せるのはルミのそばにいる浮浪児・甲助のほう。これでは誰が主役なのか、よくわからん。

 

 

他にも章題を見ると、或る登場人物の過去に秘密が隠されていそうだけど、肝心の結末が載っていないものだから、それも分からず終い。参考までに映画もソフト化はされてないが、そちらの結末はどうなってるんだろうね(ま、どうでもいいか)。関川周は昭和15年にデビューした作家で、最初のうちはイロモノ作品など書きそうな気配はなかった。昭和30年代には『ドヤ街』とか風俗ミステリみたいなものも発表しているが、『忍術三四郎』は彼の中でも最大の珍作であり、駄作だろうなあ。

 


 

(銀) 例によって今後、盛林堂書房が北原尚彦や森英俊あたりと組み、「エンディングありの『忍術三四郎』完全版!」などと言って『乳房祭』を復刊したりすることがあるかもしれない。本当につまらないんで、ムダに金を失わないようご用心。




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