2020年6月29日月曜日

『深夜の魔術師』横溝正史

2012年6月14日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

出版芸術社 横溝正史探偵小説コレクション②
2004年10月発売



★★★★★  戦前の名調子が改稿版「真珠塔」よりも心地良い
              原型版「深夜の魔術師」




本書のメインとなるジュブナイル長篇はやや複雑な経由を経ている。

 
▲「深夜の魔術師」
(昭和13年雑誌『新少年』連載。この原型版は本巻にて単行本初収録。)

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▲「深夜の魔術師」
(昭和25年雑誌『少年少女王冠』連載。内容を改稿するも三回で中絶。)

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▲「真珠塔」
(昭和28年雑誌『少年画報』連載。改題で仕切り直して再度改稿。

しかしこのヴァージョンは昭和50年代に朝日ソノラマ・角川文庫で出版社にテキスト改竄され、正しいテキスト本の流通は横溝正史の没後、未だに無し。)





物語の骨子はともかく改稿にて設定がかなり変わっている。「真珠塔」の主役は三津木俊助・御子柴進少年だが、本書における原型版「深夜の魔術師」では戦前の定番どおり由利麟太郎・三津木俊助コンビが登場、少年キャラは古舘譲。怪人の狙うものも〝真珠塔〟ではなく戦前の世相を反映した〝無音航空機設計図〟。その他の登場人物、殊に真犯人にも異同があるのだが、それは読んでのお楽しみ。



少年雑誌連載なのは一緒だが、戦前の「深夜の魔術師」の方が語り口が大人ものに近くて味わい深く、結末部分がやや駆け足なのが惜しいが「真珠塔」よりもこの原型版の方が良い。連載終了後すぐに単行本化されなかったのが惜しかった。「深夜の魔術師」の前の事件にあたる「幽霊鉄仮面」もまた正史没後には正しいテキストの本が存在せず、初出誌と初刊本から校訂した決定版の発売が待たれる。




併録はこれまた長年眠っていた戦時下短篇群で国策的な色が強い。しかし本当の正史ファンならテーマが何であれ独特のストーリー・テリングの上手さをそこに見つけるだろうし、これら戦時下の抑圧があったからこそ戦後の金田一耕助譚が大きく開花した事を知るのだ。




「本陣殺人事件」「百日紅の下にて」「獄門島」等のストーリー、いや金田一耕助自身にさえも戦争の爪痕が影を落としていた事を思い出してほしい。そういう意味でもこの戦時下短篇は見逃してほしくない。





(銀) 平成も終わりになって大人向けの由利・三津木シリーズを纏めた『由利・三津木探偵小説集成』が柏書房から刊行された。由利・三津木ジュブナイル作品をコンプリートしたものはまだ出ていないが、遠くない将来には刊行されるかも、との噂。



 
令和2年に珍しく由利・三津木ものがドラマ化されて、そうすると金田一ほどではないかもしれないが世間は食い付いてくる。正史作品は映像にされると注目度が上がり、相変わらず「なんだかなあ」という感じ。意外に思う人がいるかもしれないけれど、江戸川乱歩の少年ものでは基本的に〝二十面相は血がキライで人殺しをしない〟というのが流布しているイメージだが、乱歩以外の探偵作家のジュブナイルでは結構殺人が発生するということ。「深夜の魔術師」もしかりで、乱歩の「黄金仮面」を部分部分で正史が意識しているのがわかる。
 

 

前巻『赤い水泳着』に続き、本巻もいまい毬のカバー絵が光っている。