2021年1月20日水曜日

『蒼き死の腕環』長田幹彦

NEW !

ヒラヤマ探偵文庫 10
2020年11月発売


★★★       山手の裏街いばらの地の果てに
               噂のシンジケート謎の影



解説を書いているのは『新青年』研究会の湯浅篤志。同人出版を活用して、論創ミステリ叢書等では扱うのが無理そうだけど探偵小説として一応発表された作品を掬い取る、みたいな狙いか。長田幹彦は谷崎潤一郎とほぼ同世代で、「蒼き死の腕環」は大正13年の女性雑誌『婦人世界』112月号に連載された長篇。初めての単行本収録。

 

 

物語にもあるように半年前にはあの関東大震災が発生している。探偵文壇で江戸川乱歩が「D坂の殺人事件」に名探偵明智小五郎を登場させるのは翌大正14年 1月の事。まだ日本の探偵小説がヨチヨチ歩きの揺籃期に『新青年』ではなく一般女性誌で〈探偵小説〉の角書きを付けた長篇、しかも一年連載とは、時流に乗っかっただけだとしても、手を付けたのは早かったほうだ。


 

 

【 探偵趣味の度合 】

あってもサスペンスぐらい。探偵 vs 犯人の構図も無いし、お宝争奪ものでもなければどんでん返しも無し。なんでもいいから最後まで引っ張るアトラクティヴな謎がないと・・・。


 

【 ストーリー 】

異国に売り飛ばされ曲芸のジプシーとして生きてきた房江は混血児の美少年ヨハンを連れて帰朝した。目的はヨハンの父を探す為。ところが並外れた肢体を持つ日本娘を肴にひと儲けしようと企む秘密結社の手中に房江は堕ちてしまう。いうなれば「メリケン情緒は涙のカラー」(© 桑田佳祐)的な筋書き。


 

前半はあっけなく悪党どもに弄ばれ「これ悲惨小説みたいになるのか?」と思って読んでいると途中で潮目が変わって房江の逆襲が始まる。悪党によって囚われの身となった房江とヨハンを載せた客船が横浜から一路米国に向かう途中、救いの主が現れ二人がたちまち日本へと戻されるあたりなどはバブル時代のジェットコースター・ドラマみたいでどうにも都合良すぎ。


 

危なっかしい綱渡りな感じから一転する房枝の後半の変り身にもやや戸惑うし、タイトルにもなっている彼女の〈腕環〉にプロットの背骨となりうる深い因縁でもあればよかったのに。地震で横浜の街もかなり被災している筈だが、この物語の中ではそうでもないどころか、数年後のエロ・グロ・ナンセンス絶頂期と錯覚しそうな退廃感さえ先取りしている。大正末期で米国の排日運動なんて言ってるから「え? ちょっと時期が早くないか?」と思ったら、この頃あちらじゃ〝排日移民法〟とかが盛んに行われてたって訳ね。

 

 

【 総 評 】

時代が時代だけに長田幹彦が探偵小説を正しく理解して執筆したとは言い難いけれど、気軽に読むぶんには以前このヒラヤマ探偵文庫からリリースされた『九番館』同様、退屈はしなかった。花柳小説で腕をふるった人ゆえ、きっと文章/語り口が安定しているからだろう。これらに比べたら、似たポジションにあって本書の解説でも言及されている久米正雄「冷火」のほうがずっとツマラナイ。「冷火」の初刊本、高い金払ってまで読むもんじゃないですから。

 

 

少し時代が下って昭和5年、やはり女性誌に〈探偵小説〉の角書きで連載された三上於菟吉「銀座事件」にしても、その内容を探偵小説と呼ぶにはキツイ内容だった。非探偵作家だと、短篇ならまだ読めるものもあるとはいえ長篇は難しいわなあ。




(銀) 湯浅篤志が雑誌『映画論叢』に書いている、昭和初期に公開された探偵小説映画の記事がある。あれ、映像化に全く関心の無い私でも楽しめそうな内容だし、纏めて一気に堪能したいので単行本化されるまで読むのを我慢している。早く一冊にならないかな。