2020年12月4日金曜日

『深夜の市長』海野十三

2016年11月22日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 日下三蔵(編)
2016年11月発売



★★★★  政治小説ではないが、今読んでほしい「深夜の市長」




昭和の終わりに出た三一書房版『海野十三全集』はテキストが語句改変されて不満のあるものだった。例えば「深夜の市長」冒頭は本来〝ラジオの気象通報は、満洲にあった高気圧が東行して〟とあるべきで、昭和22年鷺ノ宮書房版までは正しい表記なのを確認しているが、海野が亡くなった昭和24年より後に刊行された『深夜の市長』においては、海野以外の第三者が〝満洲〟〝中国〟へ変えてしまっている本がある。

 

 

私の手持ちの本だと平成9年の講談社文庫コレクション「大衆文学館」シリーズ『深夜の市長』が改変版になっており、元通りのテキストに戻らないものかと思っていたら、本書ではキチンと昭和11年春秋社版初刊本を底本にしていたので良かった。二ヶ月前に出た『蠅男』は〝初刊本に近いテキスト〟などという中途半端な姿勢で失望したが書影まで紹介しておきながら初刊本を調達できなかったのか?)、今回はOK

 

 

この長篇の舞台・T市というのは間違いなく東京だが、まだ都になる前の話。ちなみに解説で編者は「深夜の市長」をノン・シリーズ扱いとしているけれども、帆村荘六ものの準レギュラー・雁金検事は出てくるので海野作品の中では同一世界での物語となるのだろう。久生十蘭の「魔都」と並ぶ戦前最後のモダン都市東京ストーリー、二作とも『新青年』連載時の挿絵は吉田貫三郎。

 

 

市会のドン・動坂三郎はT市長を死に追い込み、更に主人公・浅間信十郎をも社会的に抹殺せんとする。謎の老人〝深夜の市長〟とは何者か?東京都政の腐敗に揺れている平成28年、奇しくも良いタイミングでこの長篇が復刊されたものだ。

 

 

他に十短篇を併録。

「空中楼閣の話」「仲々死なぬ彼奴」「人喰円鋸」「キド効果」「風」

「指紋」「吸殻」「雪山殺人譜」「幽霊消却法」「夜毎の恐怖」

 

小品というべきものばかりだが殆どがレア。「幽霊消却法」では敗戦で一度は死を決意するも再び筆をとった海野が「壁の中へ塗りこめちまいましょう。エドガワ先生が、よくお使いになる手よ」と戦前のような感じで笑わせてくれる。剽軽なものが多いので、二種の夫の幻影に殺意を抱いた妻を描く「夜毎の恐怖」やスプラッター・ホラー「人喰円鋸」でさえ、どこかしらユーモラスに見えてしまうのが不思議。




(銀) 『獏鸚』『火葬国風景』『蠅男』と違ってレアな作品も含みつつ、また底本のセレクトも手抜きをしていないので☆5つ。



海野が亡くなって六年後、ポプラ社が企画した子供向けのシリーズ「日本名探偵文庫」全25巻の中に『深夜の市長』も組み込まれた。ところがその内容は主人公を帆村荘六に改変したジュブナイルとしてリライトされており、既に海野はこの世の人ではないのだから、これが第三者の手による仕事なのは明らか。



「日本名探偵文庫」では海野の他にも、故人の作品で大人ものを子供向けに書き換えたものとして甲賀三郎の『姿なき怪盗』と『黒い天使』(オリジナルは「乳のない女」)がある。江戸川乱歩だと氷川瓏、武田武彦らに子供向けリライトをさせていた事は周知の事実だが、海野と甲賀の場合は誰がリライトしたか判明していないので何かムズムズしてしょうがない。戦前、三上於菟吉の少年少女小説を博文館の編集者が代作していた例もあるし、「日本名探偵文庫」だって実はポプラ社の編集者が書いてました、みたいな好ましからぬオチも絶対に無いとは言い切れない。