2020年8月7日金曜日

『迷路荘の怪人』横溝正史

2012528日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

出版芸術社 横溝正史探偵小説コレクション④
2012年5月発売



★★★★   ここまでテキストが混乱している探偵作家が
                    他にいるだろうか?




● 「仮面劇場」
 (昭和13年連載)


→「旋風劇場」
 (昭和17年若干加筆し単行本化。時局により強制改題。70年ぶりに本書収録)


→「暗闇劇場」
 (戦後、昭和22年に加筆・再改題)


→「仮面劇場」
(昭和45年講談社版全集にて題名のみ再び初出時に戻される)




● 「迷路荘の怪人」
(昭和31年 短篇:現行本『金田一耕助の帰還』出版芸術社、光文社文庫)


→「迷路荘の怪人」
(昭和34年 中篇:50年ぶりに本書収録)


→「迷路荘の惨劇」
(昭和50年 長篇:東京文藝社)




横溝正史は改稿が多すぎて誠に困る。ゆえにこの二品も半世紀以上埋もれていた訳で、特に「旋風劇場」は殆どの人が読むのは初めてだろう。出版芸術社だからテキスト改悪の心配は無いが、「本陣殺人事件事件」(235頁)などと誤植が目立つ。「横溝正史探偵小説コレクション」の続巻が出てせっかくレアものの嬉しい復活なのに、これではひとつ減点。附録六随筆のうち二つは『横溝正史の世界』『真説金田一耕助』に収録されていたもの。何故こういう小出しでなく、まるごと復刊されないのか?



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■ 良い機会だから正史のテキストが勝手にどれだけ改竄されているか、全ての人に知ってほしいので少し長くなって恐縮だが記しておきたい。言葉狩りの発生は昭和40年代末頃。朝日ソノラマが正史の少年ものを山村正夫にリライトさせ、元々金田一でないものを強引に金田一ものに変えてしまったり、「幽霊鉄仮面」後半の舞台は満洲なのにモンゴルに歪曲、各章大見出しの「〜の巻」という部分そして小見出しを全消去したり、ここらからテキスト改竄の黒歴史が始まる。




そして同時期氾濫し始めた角川文庫の校訂が実にズサンで、戦前作品における(旧い使い方の)漢字を開いてかな表記にしたり(手間を惜しまずルビを振ればそれで済む事だ)、戦後の金田一ものは正史が意図的に旧い漢字を避けて執筆したからまだいいが、「仮面舞踏会」(長篇)など冒頭の「つねにわが側なる江戸川乱歩に捧ぐ」の大事な献辞が正しく表記されていない。        





「恐怖の映畫」は解説では正しく表記してあるのに本文では「恐怖の部屋」と誤表記。おまけに上記の朝日ソノラマ版改竄テキストを角川文庫版の少年ものにも流用した為、元来「ですます」調であるべき作品が「である」調に捻じ曲げられてしまった。緑304でさえちょっと挙げただけでもこの有様。




以後角川はテキスト/カバー装幀とも益々悪化し、『横溝正史読本』『横溝正史自伝的随筆集』といった非小説本にまでご丁寧に言葉狩り。最近では角川文庫を底本にした徳間文庫、せっかく少年ものを数点復刻したのに内容と全然合わないマンガ絵のポプラ社、「人形佐七」に本来あるべき小見出しを全て削除してしまった嶋中文庫と、他社でもテキスト改悪のオンパレード。こんな事をして一体何の意味がある!?





 だから本来正史が執筆したままの正しいテキストによる全集が必要なのだ。いや、分野別に完全収録した全集でいい。山田風太郎でさえ異なる出版社からのジャンル別全集で殆どのものが手軽に読めるようになったではないか。出すとしてもテキストが信用できる出版社でないと意味がない。言うまでもなく数年後にはすぐハードが変わって読めないハメになる電子書籍全集などはまっぴらお断り。



クリスティが文庫で完備されているのに横溝正史全執筆の半分以上が眠ったままなのはどう考えてもおかしい。未刊+流通なし+改悪のまま放置されている「少年もの」「翻訳もの」「随筆・日記・書簡・座談集」「連作もの」「金田一以外の探偵もの」は至急救済されなければならない。


 

(銀) 「本陣殺人事件事件」とか、いったいどんな人間が校正しているんだろうか?浜田知明?因みに新青年研究会に浜田雄介という方がおられるが、仕事が雑な浜田知明とは関係ないのでくれぐれも一緒になされないように。
 

 

ここでは「分野別完全収録の全集でいいから早く出さなきゃ」と書いているが、金田一耕助ものをコンプリート収録するとなると、上記に挙げた「迷路荘」長・中・短篇みたいに全てのバリエーションをフォローしなければならなくなる。きっと『完本人形佐七捕物帳』(春陽堂書店)を超えるであろうボリュームもネックだが、同じ話のバリアントを幾つも収めざるをえない構成だと煩雑になるから、金田一コンプリート集は出そうで出ないのだろうな。


 

ま、出たら出たで毎度のように何かしらの欠陥が必ず発生するのだし、もう横溝正史には何の期待もしていないけれど。