2023年5月6日土曜日

『幻影城評論研究叢書5/黒岩涙香研究』伊藤秀雄

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幻影城
1978年10月発売



★★★★  明治期初版本テキストしか信用できないって本当?
   




伊藤秀雄が手掛ける黒岩涙香研究書・第三弾は島崎博が1970年代に主宰していたミステリ雑誌『幻影城』評論叢書の一冊として刊行された。収録されている項目の殆どは既存の紙媒体に発表済みの文章を集めたもので、或る箇所では手を加えたり又書下ろしも二点プラスしたりして構成されている。以下目次。




 涙香の魅力 

 幻の『西洋女大学』について 

   「法廷の美人」の発見 

   「無惨」について 

   『今日新聞』と『都新聞』の涙香小説について

   


◆ 「何者」について

◆ 新発見の「紳士の行ゑ」をめぐって

◆ 「我不知」について

◆ 涙香小説拾遺

◆ まぼろしの「春残香」

 


◆ 「幽霊塔」雑感

◆ 「仙術霞の衣」の原作

◆ 涙香のSF

◆ 「今より三百年後の社会」について

◆ 涙香の小説書

 


◆ 萬朝報と人身攻撃

◆ の離婚と再婚

◆ 涙香の恋文

◆ 涙香の墓

◆ 涙香伝再説

 


◆ 涙香研究家・阿川参悠

附録

黒岩涙香年譜

黒岩涙香書誌

あとがき


 

 

作品論と人物論とがそれほど系統立ててカテゴライズされてはおらず、時折引用される明治期の文章がさなきだに小難しい感じを与えるのもあって、本書にとっつきにくい部分が無いとはいえない(だから実質的には★3.5)。読みものとして楽しみたいのなら以前紹介した『涙香外伝』のほうが向いている。この時代はまだ判明していなかった事実もあって全般的に研究途上の印象。それゆえ「幻影城評論研究叢書」のうち何度も再発された権田萬治『日本探偵作家論』は別格としても本書はこのままリイシューするには適しておらず、だからこそこの後も伊藤秀雄をはじめ幾人かの識者によって涙香研究書は上梓され続けた。

 

 

そうは言ってもチェックすべきポイントは多々あり、伊藤は涙香著書について「大正期に入ってからの縮刷版(新聞のことではない)は本屋側の改悪的な添削がなされていたりするので明治の初版本または新聞でないとテキストは信頼できない」と度々書いている。え~っ、じゃあ涙香の死後、すなわち元号が昭和に変ったあと世に出た涙香著書の信頼度って・・・・適切なテキストの底本を用いて制作された単行本は果してどれぐらい存在するのか、深く考えるとだんだん頭が痛くなってきそうな問題だ。


 
 
楽しい話題も振っておこう。柳田泉は涙香の傑作として初期の純探偵物からは「人耶鬼耶」「死美人」「幽霊塔」「非小説」、中期のロマンスを加味したものでは「巌窟王」「鉄仮面」「武士道」「人外境」、後期の人情味乃至家庭小説の味を加えたものでは「噫無情」「野の花」「山と水」をセレクトしたという。江戸川乱歩はベスト・スリーに「巌窟王」「噫無情」「幽霊塔」を選出、その三作の中でも伊藤をはじめ「幽霊塔」をNo.1に挙げている人が多い。

 

 

黒岩涙香という男は土佐の出身なのもあって復讐心が人の数倍強い、という説には思わず笑ってしまった。〝いごっそう〟という言葉からして、昔の高知の男性には血の気が多そうなイメージが確かにある。それでもフヌケな令和の社会からは「レッテル貼りするな!」なんて声が上がるのだろうか。駄弁はさておき復讐をテーマにした涙香作品が断然面白いのは誰も否定のしようがない。

 

 

 

(銀) 巻末の「幻影城評論研究叢書」広告ページを眺めると、この時点では未発表に終わった鮎川哲也『探偵作家尋訪記』が刊行予定に入っているのが泣かせる。数年後鮎川は晶文社から『幻の探偵作家を求めて』と改題してようやくこれを発表に至らせるも、2019年に再発された『幻の探偵作家を求めて【完全版】』にて日下三蔵と論創社編集部が本来のコンセプトを破壊、尋訪記以外のものまで味噌も糞も一緒くたに叩き込む無能な悪編集を施してしまったことは各位よく御存知のとおり。