2020年6月18日木曜日

『乱歩の日本語』今野真二

NEW 

春陽堂書店
2020年6月発売



★★    よりによって欠点の多い『春陽堂版乱歩全集』を
      どうしてメインの引用テキストに?





ネタが見つからないのか、斬新な切り口の江戸川乱歩研究書がなかなか出てこなくなった昨今。乱歩がよく使用する「ギョクン」「(刃物の鋭さを表す)ドキドキ」といった独特のオノマトペだったり、明治~大正~昭和と移り変わっていったそれぞれの時代の語り口だったり、作品上での乱歩の言葉遣いをカテゴリ分けして紹介しただけの本かと思ったら、歴代の乱歩全集・選集その他著書にあたり(レアなものにはあたれてないようだが)各テキスト比較もしているという、そんな書誌学的なアプローチは私の大好物なので期待も高まる。





こういった乱歩研究でテキストを引用する時は、現在ならば、


    極力、初出・初刊の形に復元した乱歩没後の『光文社文庫版全集』

    大昔の初出誌 or 初刊本

    一応乱歩自ら校訂した生前最後の『桃源社版全集』


この三つのうちのどれかにするのが常道。当然少年ものは『桃源社版全集』には含まれていないから、初出・初刊にあたるのが大変ならば昭和期の光文社版あるいはポプラ社版単行本のいずれを選ぶべきか、細心の注意が必要となる。いまポプラ社から出ている少年探偵シリーズは二種類あり、ポプラ文庫クラシックではない藤田新策らが絵を描いているほうの本は言葉狩りがされている。






本書を読み始めてみると、著者・今野真二はメインとなる引用テキストに『春陽堂版全集』全16巻(昭和2930年刊行)を使っていて口がアングリ。明快な理由があっての選択ならまだしも、本書中でも記載してあるとおり、この全集は「孤島の鬼」終盤クライマックスにおける男色シーンの数行がゴッソリ抜けていたりして、(戦前の春陽堂の本ならともかく)戦後のこの全集から現在に至るまでの春陽堂乱歩本のテキストこそ最も信用できないシロモノである事は、ちょっと上級な乱歩読者なら誰でも知っている。本書の版元が春陽堂だから忖度でもしたのかねえ?



その上、今野真二の叙述はなにかと『光文社文庫版全集』ばかり「あそこがおかしい/ここがおかしい」と指摘しているように私には感じる。それは乱歩テキストだけでなく平山雄一の註釈にまで及んでおり、「黄金仮面」の文中に書かれている神奈川県O町について、『光文社文庫版全集』の註釈で平山は〝大船市には巨大な観音像がそびえているからO町というのは現在の大船市のことだろう〟と記しているのだが、今野は 〝大船町という名称ができたのは昭和8年だから、「黄金仮面」が発表された昭和5年の時点では大船町ではなく、まだその前身の小坂村だからO町=大船町とするのはおかしい〟と言うのだ。
   
   




確かに大船町のwikipediaを見ると、そのように書いてある。ただし細かいことを申せば、「黄金仮面」に神奈川県O町なる地名が登場するのは明智小五郎が浪越警部達を賊のアジトへと呼び寄せる「闇の中の巨人」という章で、この該当部分が初出連載雑誌『キング』に載ったのは昭和6年9月だから、上記の〝昭和5年の時点では〟という部分は今野も間違えている。まあどっちもどっちだろうけれど、今野も細かいディティールの正確さを追求するのであれば平井初之輔だとか(平林初之輔 → 〇)サトウ・ハチロウだとか(サトウ・ハチロー → 〇)、自分の記述は完璧でなければ説得力が無い。



さらに、19頁で過去の乱歩全集・選集を年代順にリスト化している中、平山雄一の関与が大きい集英社文庫『明智小五郎事件簿』全12巻はまるっと無視されていたり、今野真二は平山のことを特別嫌ってでもいるんだろうか? 

 



こんな中途半端なことをせず、いっそ『光文社文庫版全集』全体を総チェックして平山の註釈以外にどんな問題が隠れているのか洗い出せばよかったのに。あの全集においても「孤島の鬼」(またか!)の中で〝皮屋〟というワードが消されている他に言葉狩りされた箇所は無いのかどうか、今でも明らかにはなってないのだし、しょうもないミスを無くし乱歩をもっと学習した上でそれを実行してくれていたら価値のある本になったかも。




結局頑張ってはいるけれど、江戸川乱歩についてはまだまだ未熟な大学のセンセイという印象だけが残った。そうそうこの本、帯は初版出荷時に付いてなかったから元々無い仕様のようだ。






(銀) Amazon.co.jpに今まで投稿してきた私の探偵小説関係のレビューをすべてこのBlogへサルベージしてしまうまでには当分時間がかかる。その間に出た新刊本について全てスルーするのも何だから、このように新規の〝 書下ろし記事〟も少しずつ載せていこうかと考えている。





ちなみに本書を買うのに春陽堂書店のオンライン・ショップを初めて使ったが、梱包に台紙代わりのダンボール紙ひとつ添えるでもなく、ペラペラ封筒に放り込んでヤマト便のネコポスで送られてきたため、やや本の状態が気になった。いくら送料無料とはいえこれではセコいので、次回なにか注文する前に一言先方に釘を刺しておかなければ。