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讀切文庫
1948年1月発売
★★ いろいろやってる九鬼澹
♠ 月報サイズで50頁弱。カストリ雑誌の類なんだろうけれども短篇が四作しか載っていない。そのうち二作は九鬼澹のもの(ひとつは三上紫郎名義)なので、純然たる単行本ではないものの九鬼澹の著書扱いとして取り上げてみることにした。この二作は彼の著書あるいは各種アンソロジーにも未収録なのではないか。終戦後の印刷物にありがちな、非常に文字が読み取りづらいのが難。
「盗まれた貞操」三上紫郎
画家・佐川冬夫は省線のガード下で夜の女に声を掛けられる。それは五年前、絵のモデルとして出会ったマキだった。その頃冬夫は己の若さを制御できず、無理に酒で酔わせてマキを犯してしまい、以来彼女は失踪してしまっていた。特にフックがある訳でもなく、淡々とした話。
「姿なき探偵」九鬼澹
三條元侯爵の息子・三條高麿は映画女優・夕顔カホルに送った一通のラブレターを取り戻してもらうべく、敏腕女探偵W・Hの事務所を訪れる。しかし、その女探偵は一切姿を見せず送話管を通してしか会話できないシステムになっていて、後日彼女はあるものを夕顔カホルへ贈物するよう高麿に指示してきた。タイトル/内容からも、これなら探偵小説と見做してよかろう。手紙を取り返すのがテーマだからといって、ポオ「盗まれた手紙」やドイル「ボヘミヤの醜聞」をトレースしている訳ではない。
最初は以下の二名も知られていない九鬼澹の変名かと疑った(とかく彼にはペンネームが多いのでね)。別人であれ、荒木田潤の名には思い当たるふしが無く、どういう人だか全くわからん。安藤静雄はこの本(?)の編集者として奥付にクレジットされており、ネットで調べて見ると、昭和10年以降に詩集を出したり小説を書いている〝安藤静雄〟という人が存在しているようで同一人物と思われ、九鬼とは別人だと断定してもよさそう。
「肉体の夜」荒木田潤
そろそろ四十に届きそうな民江だが、夫の伯太郎は六十近いのもあってか夫婦の営みを求めても不能に近く、彼女はイラついている。そんな時、民江は伯太郎の会社の社員で自分と年が近い菅原と二人きりになるチャンスができたのをいいことに、飢えた欲望を満たそうとする。もし書き手が探偵作家ならば、強引に艶笑ミステリ扱いしていいのかもしれないが、ちょっとしたオチがあるばかりの読物でしかない。
「魔都東京」安藤静雄
シベリアから復員してきた櫻井粧太郎は東京駅に着いたばかりだというのに自分の荷物をかっぱらわれてしまい、自分を〝人間賣物〟とアピールしてふらつくより他になかった。そこに現れた一人の紳士が「買はうじゃないか」と声を掛け、粧太郎を銀座のある一角の地下室へと連れてゆく。なんだか先日記事にした関川周『忍術三四郎』(☜)みたいだが、ここから先は全然違って目まぐるしい展開に。
♠ 昭和23年の九鬼澹は2月から始まる雑誌『仮面』(戦後版『ぷろふいる』の後身)の編集に忙しい筈なのに、いろんな事やってますな。そういえば、以前紹介した九鬼の『戦慄恐怖 怪奇探偵小説集』(下段にある関連記事リンクを見よ)は八千代書院からリリースされた本で、雑誌『仮面』も版元は同じ八千代書院。ではこの『讀切小説』も八千代書院となにか関係があるのかと思ってしまうが、単に湊書房と藤田書店の広告が見られるばかり。
湊書房は九鬼が刊行に尽力した『甲賀三郎全集』の版元。一方の藤田書店は安藤静雄と関わりが深かったようで、二人それぞれ伝手を辿って広告を打ってもらったのかも。この頃九鬼はかもめ書房の雑誌『小説』の編集もやってなかったっけ?
(銀) 九鬼の『探偵小説百科』をペラッと開いてみたが、九鬼のキャリアそのものが作家としても編集者としても細かい部分でよく解らないところがあるし、あれを書くより自分史を一冊の本にしてくれたほうが私は有難かった。
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