2020年7月30日木曜日

『完本人形佐七捕物帳第一巻』横溝正史

2019年12月21日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

春陽堂書店
2019年12月発売



★★    正史の改稿のやり過ぎが厄介な障害に





四六判各3,000円(税抜)全十四巻だった当初の予定がA5判4,500円(税抜)全十巻へ変更になるなど、例のごとくすったもんだでリリースされた『完本人形佐七捕物帳新版全集。今回はついに全作品を収録し、文字通り完全な全集にするという。 




内容は同じでも題名が異なる作品がいくつもあったりするし、一作品に複数あるテキスト・ヴァージョンのうち一体どれを最終決定稿として位置付けるのか? 普通に考えれば著者が晩年に手を入れたテキストを決定稿と見做しがちだが、一概にそれがベストとも言い難い。一例を挙げれば佐七の嫁・お粂に乾分の辰五郎と豆六、初出ではこの三人はそれぞれ徐々に登場してお披露目されるのに、のちに横溝正史がやたらとテキストに手を加えるものだから、歴代の佐七本によっては辰五郎と豆六の設定が統一されてなかったりして、まことに今回の校訂は面倒で辛気臭い作業だったろうと思われる。



結局、本全集では正史が晩年に改稿したほうのテキストが採用された。



改稿前と改稿後、どっちを採っても辻褄の合わない部分が発生してしまうのであれば、私の希望では何度も読んだ昭和40年代の講談社版『定本人形佐七捕物帳全集』以降の改稿テキストではなく、より初出に近いヴァージョンを底本にしてほしかった。本全集第二巻に収録予定の「血染め表紙」は原題を「漂流奇譚」という。戦時下の日本で「人形佐七捕物帳」は風紀を乱すものだとイチャモンをつけられて(まるで現代のポリティカル・コレクトネスとそっくりだ)、その「漂流奇譚」の回をもって「人形佐七捕物帳」は一旦連載終了を余儀なくされてしまう。その後の単行本で「漂流奇譚」は佐七一家が旅立つ部分のみを削除して収録されてきた。この辺のテキスト・ギャップをどう処理するのか、今後も注目してみていきたい。







さて諸兄は、平成17年に嶋中文庫から初出発表順に並べて収録した『人形佐七捕物帳』が出ていたのを覚えておられるだろうか?これは版元の嶋中書店が左前になったとかで、たった四巻(「身代わり千之丞」までを収録)で刊行は打ち切られた。




その嶋中文庫版を読んでいるとなんとも奇妙な点があって。「人形佐七捕物帳」には〝小見出し〟というものがあるのだが、それらは全て削除されており、当時その理由を版元に訊いても教えてもらえなかった。今回の全集でも全話発表順に掲載されるから比較をしやすいのだが、嶋中文庫第一巻『嘆きの遊女』では「山形屋騒動」「犬娘」「仮面の若殿」という三つの話がゴッソリ抜けていたのだ。解説の類も一切無いままに。




とりあえず言葉狩りはなさそうな今回の全集第一巻と比較したら、その削除の理由も判明する。鋭いアナタならもうお気づきのとおり、要するに「山形屋騒動」「犬娘」「仮面の若殿」には〝背蟲〟〝非人部落〟〝業病〟という素材が出てくるため、偽善的姿勢によって話そのものがDeleteされ、それ以外にも「非人の仇討」は別題「宮芝居」へ変えられていた、という訳。あのねえ、「人形佐七」は数百年前の江戸時代を舞台にした小説ですからね。狂ったポリティカル・コレクトネス同様、先人の文化を滅ぼすような愚行はとっとと止めましょうね。 

 

 

何にせよ、横溝正史や「人形佐七」がどうこうより春陽堂書店が復活してきてくれたことが一番嬉しい。乱歩や正史のビッグネームはもういいから、昭和の頃のように日本の(特に戦後期の)マイナーな探偵小説をドシドシ刊行してくれないかな。







(銀) 柏書房『横溝正史ミステリ短篇コレクション』『由利・三津木探偵小説集成』が真っ当な内容だったので、本全集もそうあってほしいと思って春陽堂書店再出発の餞(はなむけ)にAmazonレビュー投稿時☆5つを進呈したのだけど、改稿ヴァージョンのテキストで編成されると辰と豆六初登場の流れが収録順番と矛盾し、それ以後の話とのつじつまさえ不自然になっているので、何度読み返してもやっぱり座りが悪い。まったくこれはいくら一話完結ものとはいえ正史が後先の事を考えずに改稿を繰り返した結果の負の効果だ。




さらに、本全集の底本に改稿テキストが使用されたことで将来また「レアな初出テキストを収録した人形佐七捕物帳、登場!」などと触れ回って阿漕な新刊商売が横行しそうな気がする。それだからAmazonに投稿した時このレビューのタイトルを「もう置く場所がないから、これで最終形の『人形佐七捕物帳全集』にしてくれ」と書いたのだが。




本書第一巻が出た時には春陽堂をバリバリ支援するつもりでいた、しかし、その後あの会社にはおかしな点が取り沙汰されるようになってゆく。以下、本全集第二巻の記事へつづく。