2022年2月22日火曜日

『薔薇仮面』水谷準

NEW !

皆進社 《仮面・男爵・博士》叢書 第一巻
2022年2月発売



★★★★★   佐々木重喜、再始動




あの『狩久全集』を制作した佐々木重喜(皆進社)が長い沈黙を破って再び動き出した。それだけでも私にとってはめでたいニュース。でもまさか水谷準のこのシリーズものを新刊として出してくるとは予想外だった。本書に収録されているのはどれも相沢陽吉という主人公が活躍する戦後発表作品。相沢陽吉の職業に目を向けると新聞記者だったり、その新聞社系列の雑誌記者だったり、意味もなく所属セクションが微妙に変化している。

 

 

 

今回は収録順とは逆に、長篇の「薔薇仮面」から俎上に載せていこう。
他の探偵作家の新聞記者キャラ、獅子内俊次(甲賀三郎)三津木俊助(横溝正史)明石良輔(角田喜久雄)といった顔ぶれに比べると、どの角度から眺めても、悲しいかな相沢陽吉という人物の存在感は貧弱。記者という職業がうまく物語に活かされているでもなし、犯人をはじめ回りを固める登場人物にしたって、何かしらの魅力があったり特徴を持つキャラがいない。

本格テイストでなくとも、サスペンス・スリラーとして面白く読ませるのであればそれでもいいが、プロットさえも平坦なのだから読んでいて気分が盛り上がらず。探偵小説のプロパーでない作家が書いたものならまだ許される余地もあるけど、水谷準クラスがこれでは苦しい。そもそもタイトルを「薔薇仮面」とする必然性が無いのが一番の問題点。





不満は短篇「三つ姓名の女」「さそり座事件」「墓場からの使者」「赤と黒の狂想曲」にも残念ながらチラつく。海外物の翻案は水谷準もやっているが、ここでは「三つ姓名の女」にて誰でも知っている超メジャー仏蘭西人作家が書いた連作短篇のアイディアに頼っている。『新青年』の歴代編集長が書いた創作探偵小説を振り返ってみると、森下雨村と横溝正史はさておき他の面々は作家としてどうだろう?水谷準初期の幻想系短篇は確かに良い。でも作家としてのトータル・キャリアを見た場合、戦後の作品の中から際立ったものを見つけるのは難しい。


 

 

疑問を抱いているのは私だけかもしらんけど、水谷準って世間で云われているほど『新青年』編集長として本当に名伯楽であっただろうか?江戸川乱歩に『新青年』復帰を促した「悪霊」の時だって、確かに乱歩という人は小説を書かせるのに普通の作家の何倍も手が掛かったとはいえ、結局その気にさせて完成させる事ができなかった訳だし、だいいち昔から準は他人の作品を一向に褒めない性格だったんでしょ。(褒めりゃいいってもんでもないけど)編集長の資質としてはそれでよかったのかな?

 

 

 

よって本書の解説もあまりベタ褒めだといかにも嘘臭くなる。解説を執筆した西郷力丸によれば水谷準の意図する「ユーモア」とは普段我々がイメージする〝クスッと笑えるような〟という意味合いではなく「高踏的姿勢」なんだって。「高踏的」という言葉をネットで調べると〝世俗を離れて気高く身を保っているさま〟〝独りよがりにお高くとまっているさま〟とあった。制作サイドとしては無理にでもポジティヴにまとめるしかないからとやかく言う気は無いが、戦後の準はゴルフに没頭してもいたし、探偵小説の仕事に情熱を傾けていたとは言い難い。


 
 
 
 
(銀) 小説の内容が褒められたものではないのに満点にしているのだから「内輪褒めか!」と勘繰られそうだが、私は本書の制作者・佐々木重喜の探偵小説への愛情には敬意を払っている。今回ばかりは特別に佐々木の復帰を喜び、御祝儀の気持ちを込めた。また本書に収録されている作品は入手難なものばかりで、内容うんぬんよりも手軽に読めるようになった事を重視しての★5つと受け取って頂きたい。探偵小説の世界に詳しくない人が今日の記事を読んだら「この★5つは間違いじゃないのか?」って思われるだろうが、いろいろ意味があるのよ。

 

 

 

もっとも(見つけたのは一箇所だけだったが)76ページに「名刺」とすべきところが「刺」になってて正直「皆進社もか」と一瞬怒りかけた。盛林堂周辺や論創社の本で誤字テキストにはもうほとほとウンザリしているから、皆進社の本に今後こういうミスは無いようにしてほしい。それと、いくら本書の購買層が中高年に集中しているとはいっても「秘密戦隊ゴレンジャー」を序文(新田康)の引き合いに出すのは読んでてサブい、というかこっちが恥ずかしくなる。