2020年7月3日金曜日

『シャーロック・ホームズ全集②/四つのサイン』A・C・ドイル/小林司+東山あかね+高田寛(訳)

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河出書房新社
1998年6月発売



★★★★   いまシャーロック・ホームズ全集を読むなら、
                    どの出版社を選ぶ?
  
   
   
   
『乱歩の日本語』(今野真二)の記事にてテキスト引用するのに妥当な江戸川乱歩の本(全集)はどれとどれが常道みたいな事を書いた。ではコナン・ドイル/シャーロック・ホームズ物語の場合、全作を通して今読むのならどの本にすればいいのだろう?という訳で子供向けの本を除き、私が入手してきたいくつかのホームズ本(全集)を検証。



                   


   
◇ 昭和期に流通していた延原謙(訳)による新潮文庫版は旧さがあってもやはり無視できない。だが90年代に入って、嗣子・延原展の名義になった版では語句に手が入れられたという。誤訳の修正みたいな前向きな改版なら大歓迎だけれど、変にモダンな言い回しに変えられたら時代の風合いが無くなる。言葉狩りもあるかもしれないし、古書であっても旧版が絶対良い。





電子書籍は断固否定しているくせに、98年に新潮社が出した『シャーロック・ホームズ全集CD-ROM版』はなぜか所有している。パッケージには延原謙(訳)と書いてあったので買ったのだが、発売時期を考えると延原展の修正訳になっている可能性は高い。初出挿絵の鑑賞とか特典コンテンツしかよく見ていないので、テキストがどちらのものを使用しているのかまでは確認していない。ダメだな・・・こんな事では。





◇ 東京図書から出ていたもののリイシューとなるちくま文庫『詳注版シャーロック・ホームズ全集』はどうか。ベアリング・グールドの年代学に沿い、事件が発生したとみられる時系列に全作並べ替える荒技で、頁の上段に本編、下段に註釈という風に進行。第一巻では「グロリア・スコット号」と「マスグレイブ家の儀式」しか載っておらず、他の頁はグールドの論考・解説が展開されている。大変面白いアイディアだが、本編の訳者がひとりに統一されてなくて数人分担制なのが私には大きなマイナス。そして別巻の北原尚彦による『事典』が見にくい上に使えない。





◆ さ、いよいよ本項の主役である河出書房新社版『シャーロック・ホームズ全集』。これも上級者向けの注・解説がたっぷり。本編の訳は日本人シャーロキアンの顔である小林司・東山あかね夫妻、注・解説の訳は高田寛。これが出た時なにが嬉しかったって初出挿絵が全点バッチリ収録されていたこと。若い頃読み倒した『シャーロック・ホームズ解読百科』の参考文献解題に紹介されていた『The Sherlock Holmes : Illustrated Omnibus』ていう初出挿絵画集を探してもなかなか入手できず、ロンドン旅行した時に今度こそ買えるだろうと思ってミステリが専門みたいな書店へ行ったら、店員に「Out Of Print」と言われて落胆した。その時以来の長年の鬱積がついに解消されたという個人事情がある。




別巻にはジャック・トレイシーによる事典あり。こちらのほうがちくま文庫よりもはるかに整理され、読む項目も多い。この時期の小林司は〝 母メアリが下宿人ブライアン・チャールズ・ウォーラーと不倫しているかもしれず、その不貞が息子アーサー(ドイルのこと)のホームズ物語に強く影を落としている 〟という説に完全に取り憑かれており、本全集の訳者あとがきにも延々その論考が費やされているのはちょっと困りもの。




最も目立つのは今までずっと「緋色の研究」と訳されていた第一長篇の原題単語〝Study〟を「習作」と訳した点。これには平山雄一ほか反対するシャーロキアンもいた。また日本シャーロック・ホームズ・クラブの文献『実用シャーロッキアナ便覧』によれば、あまりにホームズ物語の知識が高いため、すべてにおいてひとつの単語に対し深読みして訳しすぎているところがあるらしい。私ごときの読み手だとそこまで追求できません。

 

                   
  



といった感じで、どの本(全集)も一長一短かもしれないが、やはり私はホームズに関して色々学ばせてもらった小林・東山両氏を尊重して、まずは河出版全集を見るようにしている。但し、だ。2014年に出た河出文庫版は本編以外の部分が大幅カットされているそうだし、挿絵を楽しむなら本は大判なほうがベター。嵩張るけれど文庫ではなくハードカバー版を薦める。






(銀) このあと日暮雅通(訳)のホームズ全集が光文社文庫から、深町眞理子(訳)ホームズ全集が創元推理文庫から出されている。置く場所を考えてさすがに全ての全集を追いかけてはいないし、日本のシャーロキアン達がこれらの新全集をどう捉えているかも知らない。日暮も深町も「緋色の習作」題は採らず従来どおりに「緋色の研究」としている。マニアックな情報を多く望むならば、後続の全集はちくま版と河出版にはかなわない。ホームズ全集の比較と言いながら新しいものは持ってないんじゃ話にならんわな 。 

 

メアリの不倫とアーサー(ドイル)の怒りの真偽について詳しい事を知るべく『コナン・ドイル書簡集』(東洋書林)を読んだが、「ああ、これか!」みたいな決定的な箇所はなかった。 

 

 

ホームズ初出挿絵画集では洋書にてシドニー・パジェットのホームズ画を集結させた『The Complete Paget Portfolio』が2018年に刊行された。画質はかなりキレイなのだけど、この販売者がクレジットカードで支払いしても全く発送連絡メールをよこさない。確認のため「発送してくれましたか?」と送信しても完全無視。何なんだ?これから買う人はトラブル発生に備えてPaypal経由で購入したほうがいい。