この人、昭和初期にはもう甲賀三郎の家に書生扱いで弟子入りしていて意外に日本探偵小説史への登場は古い。しばらくすると雑誌『ぷろふいる』編集長を務め、戦後には病死した甲賀三郎の全集刊行にも尽力している。九鬼が生前に発表した自著は(その多くが時代小説とはいえ)数十冊にものぼるというのに、今世紀に入って彼の探偵小説が一冊の本として復刊されることは一度も無く、アンソロジーに時々セレクトされるだけ・・・・といった状況。
昭和22年に出たこの『戦慄恐怖 怪奇探偵小説集』は戦前/戦後発表の短篇が混在。殺人方法に機械的ギミックを取り入れた「緑の女王」や、数ある豹助シリーズの一発目となる「豹助、町を驚かす」には師・甲賀三郎の影響が少し伺えるのが微笑ましい。だが本書に収められている短篇は多少荒っぽくても光るものがあればよかったのだが、コクが無いというのか読み終わったあと作品の残像が頭に残らなかった。「神仙境物語」は北アイルランドの王家を舞台にした、童話のような小品。「崩れる幻影」は一人の女性の自死を取り巻く男達の心理闘争。「三色菫」、この作にはA一號という名のスパイが登場することから、『ぷろふいる』昭和9年5月号より九鬼澹 →左頭弦馬 → 杉並千幹 → 戸田巽 → 山本禾太郎 → 伊東利夫というメンバーで書かれた連作小説「A1號」のうち、九鬼が担当した第一回〈密偵往来〉を改題したものだと思われる。
(銀) 今日の記事に取り上げた『戦慄恐怖 怪奇探偵小説集』は、薄っぺらくて質の悪い仙花紙本だったから読んだ後の印象があまりよくなかったのかもしれない。新刊本で読んだらだいぶ景色が変わるかも。この本、普通の仙花紙本より文字のフォントが大きいのも好みじゃなかったしな。とはいえ本の再校をするのが面倒だなどと言う奴の同人出版なんかで復刊してもらいたくはない。